mustelaが追い求める音楽とは。4つの個性が紡ぐクリエイティブを探る
インタビュー
『BIG UP!』を利用している注目アーティストをピックアップして紹介するインタビュー企画。第73回目はmustelaが登場。
Akebono Ishikura(B)がネットの掲示板でメンバーを募り結成した、男女混成の4人組バンド・mustela(ムステラ)。ジャズやネオソウル、R&Bやヒップホップをブレンドし、メロウで洗練された楽曲を聴かせる彼らは、これまで発表してきた各作品が複数の公式プレイリストに選曲されるなど、じわじわとその注目度を増してきているように思う。
昨年メンバーチェンジを経たことで、「表現の幅が広がった」というmustelaによる、現体制初の新曲が「Bedside Light」である。ゴスペルからのアイデアを反映させた柔らかなバラードで、気品を感じる鍵盤と、伸びのある清らかなボーカルが印象的な1曲だ。作品ごとに新たな一面を見せており、今後ますますその創作に磨きをかけていくのだろう。
Ishikura、Amponsah(Vo)、Reina Kawaji(Key)の3人にZOOMを繋ぎ、結成の経緯から新曲の制作背景まで、この2年のクリエイティブについて話を聞いた。
「質の高い音楽をやっていくことで長く続けられるような、そういうバンドになろう」
- 2020年1月始動とありますが、どういう経緯で集まったんですか?
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Akebono Ishikura:
2019年の末頃、僕がバンドを立ち上げようと思い、ネットのメンバー募集の掲示板みたいなところで声をかけたのがきっかけです。まずボーカルのAmponsahに声をかけて、他のメンバーふたりを入れて結成しました。その後メンバーチェンジを経て今の4人になっています。
- 結成の時点でやりたい音楽性のイメージはありましたか。
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Akebono Ishikura:
現代ジャズのアーティスト、Robert Glasper(ロバート・グラスパー)が好きで、そういう音楽性はイメージしていました。『Black Radio』を初めて聴いた時は、めちゃめちゃ惹きつけられたってわけじゃなかったんですけど、20代後半になってから聴いてみたら凄くいいなと思ったんですよね。ピアノの旋律やコード進行が綺麗で、なおかつちょっと難解な響きがある、そういう楽曲を考えていました。で、自分が作る曲には英語の詞を歌えるボーカルが合うように思い、Amponsahがマッチしました。
- Amponsahさんはどうしてmustelaでやっていこうと思ったんですか?
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Amponsah:
私はバンドに入る気はなかったんですけど、なんとなく登録していたサイトにメッセージがきて、とりあえず音源を聴いてみようと思ったんですよね。そうしたら最初に送られてきたデモが凄く良くて、入ろうかなって思いました。
- その頃はひとりで音楽活動をやられていたんですか?
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Amponsah:
いや、実はもうひとつ別のバンドをやっていて、そっちではドラムを叩いていたんです。ただ、その活動が一旦終わっちゃって、そのタイミングで誘っていただいたこともあってこのバンドに入りました。今はもうひとつの方も復活しているので、バンドをふたつやっています。
- 結成した年にコロナ禍になりましたが、活動面で考えたことはありますか?
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Akebono Ishikura:
ベタですけど、リモートセッションをした動画をインスタに載せたりしました。それが最初に出した3曲入りのEP(『Left in the Dolor』)のレコーディングにも繋がったので、こういった情勢になったことで、ライブより制作に意識が向いた面はあったかもしれないです。
- なるほど。ただ、ライブが思うようにできないストレスなどはありました?
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Akebono Ishikura:
いや、僕はバンバンライブをやっていくよりも、良い音源を作りたいっていう気持ちがまずありました。昔よりもプロとアマの垣根がなくなってきていると思っていて、いわゆるプロミュージシャンじゃなくても、良い作品を出せるってことはずっと考えていたんですよね。自分は普通の社会人なんですけど、メンバー個々の状況に関係なく、良い音楽を出していくことをコンセプトにこのバンドを始めました。あと、売れることよりも長く続けたいという思いがあります。
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Amponsah:
私も好きな音楽を長く続けることが大事かなって思います。なのでIshikuraさんのビジョンを聞いて、自分が抱いているものと近いなと思ったのがバンドに入った理由として一番大きかったと思います。ガンガン売れてドーム行こう、とかじゃなく、質の高い音楽をやっていくことで長く続けられるような、そういうバンドになろうっていう話をして、それが凄く良いなと思いました。
- Kawajiさんはどういう経緯で入られたんですか。
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Reina Kawaji:
私が入ったのは「Earl Grey」のタイミングです。普段はサポートキーボーディストとして活動していて、シンガーさんのサポートや、映画のレコーディングをしてるんですけど、たまたまIshikuraさんがメンバーを探している時に、デモを聴いてビビッときたんですよね。
- どういう部分が響いたんだと思います?
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Reina Kawaji:
私は地に足がついていない音楽が好きで(笑)。王道のポップスやロックではなく、ふわふわしているというか、掴み所のない音楽に惹かれるんですよね。最初に聴いたデモに、そういうニュアンスを感じたんだと思います。
- そして、その後SIONさんが加入すると。
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Akebono Ishikura:
Reinaが入った直後ぐらいに、当時のドラムが抜けることになって、せっかく新しく入ってもらうなら全員の求めるレベルに達するようなメンバー構成にしたいと思ったんです。で、そこでまたネットの掲示板なんですけど(笑)、何人か候補の方と連絡を取ってみて、その中でスタジオに入った時にフィーリングが合ったのがSIONでした。「Earl Grey」をやった時にハマったのを感じたというか、ドラムのタイム感が凄く良かったんです。彼はプロドラマーとして様々なところで活躍している方で、必要なものを再現する技術があると思います。
バラバラのルーツから紡ぎ出される新たな音楽
- それぞれのルーツも伺えたらと思います。Amponsahさんが10代の時にのめり込んだ音楽はなんですか?
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Amponsah:
全然イメージとは違うと思うんですけど、私はゴールデンボンバーです(笑)。ただ、音楽のルーツで言えば、お姉ちゃんにもらったiPodですね。小学3年生の頃なんですけど、そこに入っている曲を繰り返し聴いていたのがきっかけで音楽にハマっていって、Beyoncé(ビヨンセ)やDestiny’s Child(デスティニーズ・チャイルド)を一番聴いていたと思います。あの音楽に力強さを感じましたし、とにかく歌が上手くてカッコいいところが刺さったのかなって思います。
- Ishikuraさんはどうですか?
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Akebono Ishikura:
僕も今の音楽性とは違うんですけど、DIR EN GREYというビジュアル系のバンドです。メタルというか、ハードコアというか、重たい音楽から入っています。でも、ちゃんと今の音楽との繋がりはあると思っていて、ああいうバンドって重たいサウンドの反面、繊細な表現を持っているじゃないですか。
- 叙情的ですよね、詩やメロディが。
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Akebono Ishikura:
そうなんです。あと、Deftones(デフトーンズ)も聴いていましたね。ああいうオルタナティブな要素がありつつ、叙情的な部分が混ざってるバンドが好きで、激しさと静寂の対比を感じる音楽を聴いていました。で、そこからポストロックに流れていき、toeやenvyを好きになっていくんですけど。ピアノの音が好きで、旋律の美しさは今の音楽性に繋がってるのかなって思います。
- なるほど。
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Akebono Ishikura:
そあと、ポストロックにハマるとおしゃれな要素もわかってくるというか、それで高校ぐらいからNujabesを聴いてたんですよね。そうなると完全にジャズじゃないですか? グラスパーを好きになった要素として、近いのはNujabesなのかなって気がします。
- Kawajiさんはご自身を形成する音楽ってなんだと思います?
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Reina Kawaji:
ちっちゃい頃からクラシックピアノをやってきて、大学も音大でクラシックをやってたので、ショパンとかチャイコフスキーですね。ただ、中高でずぶずぶにハマったのは椎名林檎で(笑)、東京事変がめちゃめちゃ好きでした。それからだんだんとジャズを聴き始めて、Bill Evans(ビル・エヴァンス)とかOscar Peterson(オスカー・ピーターソン)を好きになりました。
- 今の自分に一番影響してる音楽を挙げるとしたら?
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Reina Kawaji:
ジャズかなと思います。それまでクラシックしか知らなかったので、Bill Evansを聴いた時にこんなピアノがあるんだって衝撃を受けたんですよね。
- ちなみに、SIONさんはどういう音楽を聴いている方なんですか?
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Akebono Ishikura:
YouTubeを見ると、激しい系の曲を叩いていますね(笑)。
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Reina Kawaji:
パッと出てくるアプローチも、ロック寄りのものが多いよね?
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Akebono Ishikura:
多分ジャズもやっていたとは思うんですけど、ロックの人です。
- そうした音楽性ですが、このバンドにしっくりきたんですね?
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Akebono Ishikura:
そうですね。ジャズの人がよければ、そういう人を選んだと思うんですけど、そういうことでもないんですよね。あんまり自分のスタイルに合わせてもらい過ぎても、新しいものが生まれないのかなと思います。彼の良いところを活かすっていうことも含めて、入ってもらえたらいいなと思いました。
各作品から辿るmustelaのクリエイティブ
- 最初にリリースしたのが『Left in the Dolor』です。初の音源になりますが、そこで意識したことはありますか。
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Akebono Ishikura:
この音楽に歌を乗せる時、どういう風に成立させればいいのかなっていうのは結構悩みました。難しい楽曲の中で、印象に残るメロディをどうあてるのか…それは意識して作っていたと思います。
- Amponsahさんはどうですか?
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Amponsah:
私はどの曲でも、どんな歌詞を乗せると耳心地良く聴こえるのかっていうのを最優先に考えるんですけど、歌詞を書くのはこの作品が初めてだったので、そこでちゃんと自分の音程で歌えるものを作れたのがよかったかなと思います。あと、もうひとつのバンドとはパートも違うので、新しい自分の一面が見えた気がします。
- それから1年後の2021年9月に、シングル「Earl Grey」がリリースされています。
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Akebono Ishikura:
そもそもの始まりとして、この曲はとりあえずReinaさんにピアノを入れてもらうための、確認のデモだったんですよね。和声的にはメジャーなものではないので、それをどう処理するのか試したようなところがあるんですけど(笑)。結果的に返ってきたものがめちゃくちゃ良くて、一緒にやっていくことになりました。
- つまり、Kawajiさんはここで試験を受けたんですね。
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Reina Kawaji:
そうですね(笑)。ただ、私もむしろ“このコードで”って決められるのは好きではないので、ふわっとした状態で投げてもらえたのはよかったです。自分でどのコードが合うのか試していき、この曲に関してはバッキングのリズムが重要だと思ったので、そこを固めていきました。
- なるほど。
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Reina Kawaji:
susコードというか、「So What」(マイルス・デイヴィス)の展開を多めに使って、“確固たるものを言わない曲”というか、ふわふわとした印象の楽曲をイメージして作りました。で、それをこんな感じでどうでしょう…?って返したら、良かったみたいです(笑)。
- 最初に言われたグラスパーからの影響も、うっすら感じる曲です。
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Akebono Ishikura:
ビートは90年代の感じで、J Dillaっぽいところがありますね。そこでボーカルはジャズまではいかないけど、R&B過ぎないみたいな、そういうラインを狙っていました。
- というのは?
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Akebono Ishikura:
ああいうコード進行に歌をつけるのって、基本的に難しいと思うんです。でも、その中でいかにキャッチーな形で、Reinaさんのピアノに合わせた曲にできるかっていうのを考えて。そうしたら情熱的過ぎず、でも若干燃える部分もあるのがいいかなって思って、今話したようなボーカルラインになりました。
- Amponsahさんは詞で意識したことはありますか?
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Amponsah:
今出てるものの中で、「Earl Grey」が唯一恋愛ではなく、社会派の曲なんです。ちょっと重たい内容なので、そこをあんまり出し過ぎると曲自体が重くなっちゃうと思い、さらっと歌う感じにしました。
- 耳だけで聴いていると、《joy to the world》というフレーズもあるのかな?と思いました。
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Amponsah:
はい。でも、《joy to the world》してる人たちに本当にそうなの?って言ってる曲なんです。不平等の社会の中で、自分はきっと恵まれてる方だと思っていて、そういう社会に対して感じる罪の意識みたいなことを書いています。
- そういうことを、意識せずにはいられない?
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Amponsah:
そういう感覚はずっとありますね。私は父親がガーナ人なので、アフリカの現状とかは昔から意識していました。たぶん社会や歴史を勉強する上で、他の人よりもそういうところに着目してきたのかなって思います。ただ、それを曲に書く時には、押し付けがましい言葉にしてしまうのは違うと思うので、じっくり読み込んでくれた人にだけわかるような歌詞にしています。
- 新曲の「Bedside Light」ですが、このメンバーでリリースする最初の曲ですね。「Earl Grey」を出された後、すぐに出来上がったんですか?
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Akebono Ishikura:
そうですね。レコーディングは多分去年の7月ぐらいに終わってたのかな。でも、そこでSIONの加入が決まったので、ドラムだけ録り直してもらい今の形になりました。
- この曲は歌が伸びやかというか、開放感のあるボーカルも印象的です。
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Amponsah:
デモの段階ではメロもちょっと難解な感じだったんですけど、そこからちょっとキャッチーな方が良いんじゃないって話をして、音数を減らしていくうちにメロもこういう風になりました。今までよりも音が長くなった分、伸びやかになったところはあるのかなと思います。
- あと、サビはエモーショナルですね。
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Amponsah:
ゴスペルっぽい要素もあったりするので、魂をいつもより出す感じはあったかな。
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Reina Kawaji:
鍵盤でもゴスペル要素は意識していて、その上で繊細さも出せたらいいなと思いました。「Earl Grey」は結構リズム重視なところがあったけど、今回はガッチリとブルースとかゴスペルのような、音楽を楽しむフレーズを沢山入れています。皆さんに聴いてもらえるような感じにしたかったので、ダイナミクスにも気をつけて、出だしは人の心に触れるような繊細なピアノから、盛り上げるところは一気に盛り上げるようにしています。
何も考えないでできる安心感
- 4人になってからライブはやっていますか?
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Reina Kawaji:
この4人体制になってからは、2回ですね。
- どうでした?
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Akebono Ishikura:
何も考えないで演奏できた、というのが僕の率直な感想です(笑)。
- というと?(笑)。
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Akebono Ishikura:
今までは結構合わせるのも苦労してたところがあったんですよね。でも、難しいフレーズがあっても、何も考えないでできるような環境になってきているのは凄いことだなって思います。
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Amponsah:
そういう安心感はありましたね。
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Reina Kawaji:
だから可能性が広がった感じがします。これからいろんな音楽ができそうだなって思いました。
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Akebono Ishikura:
そうそう。アプローチの幅は圧倒的に広がりました。
- これから音楽的にはどういう方向に行きそうですか?
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Akebono Ishikura:
もうちょっとキャッチーになるのかなって思います。それは一般的なキャッチーではないかもしれないですけど…mustelaの今までの曲に比べると、馴染みやすい要素は増えるように思います。僕は最初のデモみたいな難解な感じも好きなんですけど、今はシンプルな和声の上で、これまでとは違ったアプローチをしていくこと。それが自分の挑戦したいことなのかもしれないです。
- なるほど。
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Akebono Ishikura:
このメンバーになって表現の幅が増えたので、いろんなことをやりたいし、メンバーの良いところを引き出すためにも、様々なアプローチを試していきたいです。作品数を増やしてアルバムを出したいという構想もありますし、これからの活動を楽しみにしてもらえたら嬉しいです。
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