SSW・井上紗矢香が「言葉」に込める日常のかけら

インタビュー

『BIG UP!』を利用している注目アーティストをピックアップして紹介するインタビュー企画。第74回目は井上紗矢香が登場。

2016年、エイベックスの主催する『声だけオーディション』で注目を浴び、CMソングや作詞提供など、活動の幅を広げつつある期待のシンガーソングライター・井上紗矢香。

彼女が2021年6月から3週間おきに10曲連続配信したシリーズを、1つの作品にコンパイルした初のアルバム『my tiny days』が、2022年2月21日よりデジタルリリースされた。

同時リリースとなるシングル「旗印」も然り、彼女の楽曲の魅力は「言葉選び」だ。主観と客観(俯瞰)を交えながら、幅広い言葉のバリエーションをもって細かに描写を重ねていく。なぜ彼女は歌詞表現に長けているのか。今回のインタビューで彼女のバックグラウンドに迫ると、その理由が明らかとなった。

自分の気持ちを口にできなくても、文章にすることはできた

―井上さんが音楽に目覚めたのはいつ頃だったんですか?

中学2年生くらいですね。『絶対彼氏』っていうテレビドラマの主題歌だった、絢香さんの「おかえり」を聴いた時に「音楽を仕事にするの、いいのかも」とビビッときて。

高校から音楽の学校に進むことも考えていたのですが、小学校5年生の時に一旦辞めていた空手にもうっすらと未練があったんです。だから高校で空手をやりきってから卒業後は音楽に集中しよう、と。ガッツリ結果を残すまでやり切らないと中途半端になっちゃうし、それに納得できない性格でした(笑)。

―もともと興味のあることを極めたくなる性格だった?

それが小学生の時までは、ドラマを観るたびにコロコロと将来の夢が変わるような子だったんですよ。習い事の影響で書道の先生になりたいと思ったこともあったし、研究者やキャビンアテンダントになりたい時もありました。ただ「音楽の仕事をしたい」という熱はなぜか冷めなかったんです。

―では、音楽の仕事をしたい、と思うようになった時期から作曲などをされていたんですか?

実際に曲を作るようになったのは専門学校に入ってからだったのですが、空手の合間に歌詞やフレーズを書き溜めるようにはなりました。もともと言葉による表現が好きだったのですが、それをモノとして残すようになったのは中学生の頃からでした。
あと国語の先生が面白い方で。特に宿題とかではなく、自分が書いたエッセイを先生に提出し始めたのが中学校1年生の頃でした。なんとなく「先生になら見せてもいいかな」と信頼を置いていたんですよね。それを見てちゃんと先生が感想をくれたのも嬉しかったです。
自分の気持ちを口にすることは今でも得意じゃないのですが、それを文章にすることは当時から素直にできました。曲作りでも自分の弱いところを歌詞に落とし込めるので、不思議だとは思います。

―エッセイや小説などではなく「音楽」で自分の感情を落とし込む、という行為に影響を受けた人物はいますか?

特定の人がいるわけじゃないんですよね。いろんなアーティストのCDを借りて歌詞カードをずっと目で追いながら、とにかく意味を考えていました。学生時代は絢香さんやYUIさん、少し経ってからはaikoさんやCHARAさんの曲が好きでした。

ただ、歌詞でいうと小林武史さんの歌詞が本当に好きです。毎回たまたま聴いた曲の歌詞がひっかかって調べてみると「あ、これも小林さんだ」ってなります。核心をついてくるというか、普遍的なのにフレーズが刺さるんです。秋元康さんの歌詞も「まだこんな表現が残っていたのか!」って驚くので、このお二人には強く影響を受けていると思います。

「週5曲ノルマ」で楽曲制作に打ち込んだ専門時代

―テキストというアウトプットから、本格的に楽曲制作へと表現手法がシフトした専門学校時代は、どのように曲作りを始めたのでしょうか?

実は、特に作曲の講義を受けたわけではなかったんです。専門学校の先生に「曲ってどうやって作るんですか」って聞いても「作ってごらん。作れるから」しか言われなくて(笑)。
見よう見まねで作り始め、徐々にAメロ・Bメロ・サビ、という進行を身に付けるようになりました。自分で「週5曲」というノルマを課していた時期もあったので、専門時代は100曲近く作ってたかも……。

―かなり多作ですね! なぜそこまでハイペースに曲作りをしていたのでしょうか?

外部講師のアーティストさんが「そういう時期もあった」とおっしゃっていたのを聞いて「あ、やっぱそこまでしないとダメなんだ」と。曲作りの“こだわり”とか悠長に言っていられないので、鼻歌などで取っ掛かりを少しでも見つけたら、とにかく形にするようにしていました。
思い返せばクオリティは高くなかったけど、「悩んだ末に1年間で1曲でした」よりも良い経験になるかなと思ったんですよね。デビューのきっかけにもなった2016年の『声だけオーディション』で送ったデモも、人生で3番目に作った曲ですし。今は歌詞から楽曲を作ることが多いのですが、やっぱり行き詰まったら当時に立ち返ってメロディやリズムから作ることもあります。

―今の制作スタイルにたどり着いたのは『声だけオーディション』に合格してからですか?

そうですね。フィードバックできる存在ができたので、ブラッシュアップする方法が分かるようになりました。「数打ってなんぼ」とがむしゃらに作らなくなったからこそ「もっと自分をさらけ出したい」「もっと素に近い部分へ落とし込みたい」と歌詞にも向き合う時間が増えたのは大きいと思います。

ただただ必死に動いた10曲連続リリースの半年間

―そういった経験があったからこそ、連続10曲リリースのようなハードなチャレンジができるのでは、と感じました。この取り組みを始めたのはいつからですか?

去年の4月から制作をスタートしました。すでに完成していた曲もありつつ、基本的には1年以内に仕上がっていた曲を中心にリリースしていますね。「真夜中のラジオ」でオルガン奏者の方に演奏していただいているもの以外は、アレンジやリリックビデオも全て自分で手がけています。1つリリースが終わるとまた次の曲の締め切りがあって……と、ただただ必死に動いてました。

―たくさんのストックがあったのではと察するのですが、どのようにリリースする楽曲を絞り込んでいったのでしょうか。

最初の何曲かは決めていたのですが、そのあとは随時スタッフの皆さんと会議しながら決めていきましたね。「狐火」はリリースすることを前提に作ったわけではないのですが、自分でも気に入っていたのでお盆の時期に合わせてリリースしました。最後に出した「風邪」に関してはリリースのために作ろうと思った唯一の曲かもしれないです。

―もっとも思い入れのある曲を挙げるとするならどの曲を選びますか?

自分の気持ちにすごくフィットしていると感じたのは「愛してた」です。自分にとって特に大切な曲だったので「いつか出したいな」という想いがずっとあって。歌詞自体はある映画に感動して作ったのですが、その時に感じた切なさや、ちょっと肌寒い夕暮れの雰囲気をうまく閉じ込められました。

―アルバム全体ではスロウな曲が多い印象があるのですが、これは当時の感情にフィットしていたから?

実はデモ段階ではアップテンポの曲の方が多かったんです。ただ、自分の声や歌詞をしっかり聴いてもらえて、なおかつ自分の表現したい雰囲気に落とし込めるのはスロウテンポの曲だな、と感じて。初めてのアルバムで自己紹介的な作品になるからこそ、意図的にゆったりしたアレンジになりました。

―そのうえで今回のアルバムと同時リリースとなる「旗印」は、メロディとアレンジをかわいえいじさんが手がけられていて、他の作品とテンションが違うのが興味深いです。

自分でメロディをつけなかったのは初めてなので、そういう意味でも我ながら新鮮です。実は「旗印」は、歌詞にメロディをつけようとした段階で、どうもしっくりハマらなかったんですよね。
そういう時は曲をボツにしちゃうことが多いのですが、スタッフさんから「他の人にメロディをつけてもらっては」とご提案いただいて。想像以上に私のイメージを形にしてくださいました。自分の鬱屈さと、それをちゃんと打破して前に進んでいきたいっていう気持ちを汲み取っていただけて嬉しかったです。

―前向きな歌詞を作ろうと思った背景は?

日々悩みが多くて、たくさんの選択を迫られるなかで「自分がどうするのが正解なんだろう」じゃなくて「自分がどうしたいか」を見つめなおさなきゃと思ったんです。そこさえ掴んでいれば、状況やルールが目まぐるしく変化しても迷わずに進んでいけるんじゃないかなって思って。そういうことを曲にしたいなと思ったのがきっかけです。
まだまだ表現したいものはたくさんあるからこそ、これからは自分の軸がブレないようにしながら、もっといろんな面を見せていけたらなって思います。

この感情を書いておかないと、次にいつこんなに悲しくなるかも分からない

―改めて、10曲リリースを駆け抜けての感想を教えてください。

やはりストリーミングなどで聴いてくれる人がいるのは新鮮ですね。ライブでリアルタイムに発信しなくても、私の曲が届いているという実感はまだわかないです。ただ、聴き込んでくれるファンの人から「この曲のこういう部分が好き」という感想をいただけると、自分の曲に落とし込んだ感情がちゃんと心に届いている気がして、嬉しいし励みになります。

―『my tiny days』というタイトルにした理由は?

それぞれの曲は、私の感情が揺らいだときに出来上がった曲なんです。例えば「ダメかも」を出した時は実際に大丈夫じゃなくて作ったのですが(笑)、悲しい曲って悲しくない時に作ると嘘臭くなるじゃないですか。
その時は苦しかったけど「これを書いておかないと、次にいつこんなに悲しくなるかも分からない」って思ったんです。そもそも悲しいことばかり起こってもたまらないし、「今を逃したら次はないだろう」と感情を詰め込んでみました。
今回のアルバムは自分の生きてきた証というか、小さな日常が詰まったアルバムになったと思っています。「ダメかも」のような暗めの曲もあれば「tiny days」みたいな可愛らしい曲もあるので、そういう機微も楽しんでもらえたらなと思います。

―先ほども「いろんな面を見せていけたら」とおっしゃっていましたが、次に挑戦したいことをぜひ教えてください。

ちょっとシリアスな曲が多かったので、これからはお洒落な感じや気楽に聴ける感じの曲を出していきたいです。あと、今は自分が表現したいものをより多く、良い形で表現していきたい、っていう想いが一番強いかもしれません。
その一つの区切りとして、2月26日(土)は上京前以来のワンマンになるので、アルバム収録曲だけではなく福岡時代から歌い続けてきた曲もやりたいと思っています。昔からずっと聴いてくれている人もそうじゃない人も楽しめるような1日になったらいいな。


EVENT INFORMATION

場所 下北沢Laguna
https://s-laguna.jp/

OPEN 12:30 START 13:00
前売 4000円(D別) 当日 4500円(D別)
*おみやげ付き

入場予約フォーム
https://tiget.net/events/161739

※入場順は整理番号順になります。

配信視聴Ticket 2000円 購入ページURL

https://twitcasting.tv/c:laguna_shimokita/shopcart/125407

※コロナウイルス感染拡大防止対策の為、お客様の会場への入場者数を制限させて頂きます。
視聴Ticketはツイキャス公式ストアから御購入ください。


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