「自分を理解して、愛せるように」ーークィア・ポップシンガー・Aisho Nakajimaが音楽に込める想い
インタビュー
『BIG UP!』を利用している注目アーティストをピックアップして紹介するインタビュー企画。第83回目はAisho Nakajimaが登場。
東京を拠点に活動するクィア・ポップシンガー、Aisho Nakajima。2020年のデビューシングル「Over This」で本格的なキャリアをスタートしてから瞬く間に話題となり、日本の音楽シーンを飛び出して、着実にその名を世界にも轟かせつつある。自身のセクシュアル・アイデンティティを音楽で表現するAisho本人のパーソナルな感情や経験に基づく作品たちは強いインパクトを与え、その抜群の歌唱力で聴く者を惹き付けてきた。
「クィア(Queer)」という言葉は風変わり・奇妙・変態といった意味を持つ。元々、セクシュアルマイノリティの人々に対する差別用語だったが、それを逆手に取り、セクシュアルマイノリティ全てを包括し、あえて前向きに自身を表現する言葉として使われるようになった。差別主義者たちへの挑発、反抗だ。Aishoが新たにリリースした「DLB」を一言で総括するのならば、この言葉が思い浮かぶ。これまでにない新しい一面を覗かせる挑戦的な本作は、確固たるアイデンティティを持って独自のスタイルを貫いた作品と言えるだろう。
ここ数年で活動の幅を広げてきた今のAishoは何を見て何を想うのか、ここからどこへ向かおうとしているのか。音楽的な遍歴を辿りながら、人生の分岐点ともいえるカミングアウトについて、そして本作が生まれるに至った経緯など多岐に渡ってじっくり話してもらった。
Ariana Grandeが超大好き
ー一番最初の音楽に関する記憶は何ですか。
小学校3年生までホームスクールだったんですけど、音楽を聴いたり、テレビを観たりしちゃいけないっていう家庭で育って。それまで自分の周りは宗教の音楽だけでした。でも音楽に興味を持ち始めて、誕生日に親におねだりをしてMP3プレーヤーを買ってもらったんです。
ーMP3プレーヤーを買ってもらった時は、どんな音楽を聴いてましたか?
Celine DionやAvril Lavigne、Mariah Careyとかジャンルは結構バラバラなんですけど、女性ボーカリストが大好きで、ほとんど女性のアーティストを聴いていました。だけど、宗教的な家庭だったので、Avril Lavigneを聴いていて親に怒られたこともあります。「それは本当に良くない音楽だから。ドクロが入っているから」みたいな(笑)。
ーあはははは。
Mariah CareyやCeline Dionは許されてたんですよね、“悪くない音楽”って(笑)。音楽に悪い影響があるような、例えばLady Gagaが出てきてたら、絶対に見させてくれなかったです。一般的に良い印象だったり、キッズフレンドリーなアーティストだったら大丈夫でした。
ーそういったアーティストはどういったきっかけで知ったんですか?
お姉ちゃんだと思います。僕は6人兄弟の一番末っ子なんですけど、お兄ちゃんやお姉ちゃんは楽器もやってて、音楽が大好きだったんです。お姉ちゃん達が聴いていたアーティストを教えてもらったり、その影響がすごく大きいですね。
ーなるほど。
僕も小学5年生から中学1年生ぐらいまではピアノが大好きだったんですけど、楽譜が読めないので耳コピで弾いてました。高校生の頃はウェディングやフェリーでピアノを弾くこともあって、フェリーでは弾き語りをしたり。だけど、中学生の頃はすごく音痴だったんですよ。家とか親の車の中でうるさいって言われながら、ずっと歌い続けてました(笑)。
ー高校では通信に通って、ボーカルトレーニングのコースを受講していたそうですね。
ボーカルトレーニングをしたら上手くなれるのかなって思って入ったんですけど、それはまったく違いましたね(笑)。先生によるんですけど、発声練習をして数曲歌うだけで、技術的な面はほとんど教えてもらってなくて。
ーそうなると、歌い方はご自身で学んでいった?
そうですね。歌い方に関しては色々な音楽を聴いて、自分でやりたいと思ったのを歌って、自然に学んでると思います。歌うのはとっても大好きだったので、無意識にずっと練習していました。
ーご自身がやられている音楽性のルーツになっているものってなんだと思いますか?
本当に色々なところから来ているんですけど、多分、Ariana Grandeなんですよね。アリアナが『VICTORiOUS』に出てた頃から超大好きで。アリアナからのインスピレーションはめっちゃあります。ボーカル面の録り方であったり、ハーモナイズもそうですし、フックが終わってのヴァース2の入り方とか…。自然とアリアナからのインスピレーションが多いなって思います。
ー当時、Ariana Grandeのどんなところに惹かれたのか覚えていますか。
声ですね。僕が中学生のときなんですけど、Ariana Grandeとしてデビューする前に『VICTORiOUS』っていうドラマのキャット・バレンタインっていう役でアリアナが出演していて、その役が大好きだったんです。ドラマはミュージカルではないんですけど、歌を歌うシーンがあって、アリアナが歌うと他のキャストとは全然レベルが違うんですよ。ボーカルのブレス音や空気感がすっごく綺麗で、息がそのまま声になったような透き通った感じが昔からずっと大好きです。
自分がゲイであることを認められなかった
ー他に影響を受けたアーティストはいますか?
多すぎて絞れないですけど、女性ラップが好きで「Starships」の頃からNicki Minajが超大好きです。ニッキーとアリアナからは、めちゃくちゃインスパイアされてますね。あとはLady Gagaからもすごくインスパイアされていて。今でも覚えているんですけど、初めてLady Gagaを見たときに“本当になんでもいいんだ”って思いました。
ーというと?
僕は変わった環境で育って、小学生の途中からいきなり学校に行き始めたので、みんなの当たり前と自分の当たり前が違うせいで、いじめにあったり、中学では不登校だったんです。当時は親の当たり前が自分の当たり前になっていたので、自分にとって何が正しいのか何もわからなかったんですけど、Lady Gagaを知って、いろんなメイクやファッションでメディアに出ている姿を見たときに“本当になんでもいいんだな、自分はなりたいものになれるんだ”って、すっごく大きな勇気をもらったんです。
ーLady GagaはLGBTQ+コミュニティにとってのアンセム・ソングをリリースしてますよね。Aishoさんがゲイだとカミングアウトされたのは、高校生になってからでしたっけ。
高校2、3年のときです。カミングアウトするのは世界一怖くて。カミングアウトするまでゲイっていう言葉すら出せなかったです。中学生ぐらいの時にお姉ちゃんから嫌な言い方じゃなく「ゲイなの?ゲイでも全然良いからね」みたいな感じで言われたこともあるんですけど、当時は自分がゲイっていうことを認められなかったし、ゲイっていう言葉も言えないし、そう思われるのがすっごく嫌でした。
ーカミングアウトはとても繊細なことですし、大きな決断だったと思うのですが、なぜそうしようと思ったのでしょうか。
恋愛話とかも中高ってやっぱり多いじゃないですか。「いつ彼女つくるの?」とか言われるなかで、「良い人いないだけだし〜」みたいな感じで誤魔化してたんですけど、自分に嘘をつくのももちろん、周りに嘘ついてるし、なんのために生きているかかわらないっていうのがストレスで、一年以上ずっと37度ぐらいの微熱が続いている時期があって。それで理由がわかったんですよね。
ー隠していることがストレスだった?
そうですね。やっぱり自分のアイデンティティであったりセクシュアリティの面で、このままだったら絶対に生きている意味がないって思ってカミングアウトしました。正直であることでみんなが離れていくならもうそれはしょうがない、そこから新しい人生を始めようって。でも、みんな何もなかったように接してくれて、もっと前にすればよかったって、カミングアウトした後にすごく思いました。
ー高校を卒業してからはシドニーに行かれていますが、シドニーの生活はどうでしたか?オーストラリアは同性婚が合法化されている国ですよね。
飛行機に乗ったのも、一人暮らしも初めてで、シドニーでは初めての経験ばかりの生活でした。LGBTQ+コミュニティが広いのも知っていたんですけど、行ってからその大きさを実感することも多くて、そこから視野が広がるどころか、人が変わったと自分の中では思います。
Aisho Nakajimaのいろんな面を見せたい
ー帰国してから音楽活動を始められてますよね。オリジナルの音楽を作りたいと思ったきっかけは何だったのでしょうか。
元々ずっとカバー曲をSNSに投稿していたんですけど、それを見た知り合いがイベントに誘ってくれて、Aisho Nakajimaとして初めて人に注目されながら歌ったんです。その時にこれをやりたいんだっていう風に気づいて。それからすぐに音楽プロデューサーのMIMIちゃん(MIMI dft)に出会って、意気投合して一緒に曲作りが始まりました。僕は楽曲制作について何も知らなかったので、MIMIちゃんに全部教えてもらっています。
ーそうやって1から楽曲を作っていくなかで、自分の新しい一面に気づくことも多そうですよね。
去年ミニEP『Sleeptalk』をリリースしたんですけど、アドバイスも一切なしでミックスからレコーディングまで初めて全部ひとりでやって、そのときに自分の良い面も悪い面もすごくたくさん知ることができました。僕は自分のいろんな面を見せたいという気持ちが大きいので、一つの面だけじゃ足りないって思っちゃうんです。だから、ゼロから曲のストーリーを書くことも好きだし、いろんなジャンルの曲を作りたい。そうやって新しいことにチャレンジすることによって、どんどん自分を知れている気がします。
ー歌詞を書くのがお好きなんですね。
歌詞を書くのは難しいけど、大好きです。今まで書いた曲の中でTOP 3ぐらいに自分を出せたのが「i miss u」っていう曲なんですけど、シドニーにいたときの恋愛について書いていて、自分で認めたくない当時の想いを歌詞に綴りました。「i miss u」が書き終わった時はすっきりしましたね、「フォ〜!」って感じで。書くのにてこずっちゃうこともあるけど、白紙の状態から何かを書くことが楽しくて、多分、そのチャレンジが大好きです。
“なんでもいいんだ”って、思ってもらえたら嬉しい
ー今作「DLB」はこれまでとは曲調もまったく違って、非常にチャレンジングな作品ですよね。いろんなことに挑戦したい気持ちの表れなのかなと思うのですが、この構想はいつ頃から考えていたのですか。
ミニEPをリリースしたその月から、もう書き出していました。去年は元々バラードの年にしたいと決めてたんですけど、その次は今までとは違ったジャンルで違う面を見せたいなって同時に考えていたので、ビートをYouTubeで見つけてからすぐに書き出してて。その時からビジュアルもずっと頭にありました。
ーAisho Nakajimaの攻めモードを感じる、コンセプチュアルな1枚に仕上がっていますよね。「可愛い愛章パパの赤子(^_-)」という怪しげな雰囲気を漂わせるテーマに衝撃を受けました。
ははは(笑)。「DLB」は“Daddy’s Little Bitch”の略です。Daddy/Mommy issues (※)っていうのがあるんですけど、Twitterでたまたま「daddy issuesを持っている人はその相手に愛をめっちゃ注ぐけど、mommy issuesを持っている人はシリアルキラーになる」っていう投稿を見かけて、自分はどっちも当てはまるなって思ったんです。「DLB」は全てを捧げたいdaddy issuesと大きな怒りのmommy issues、その両方を持っていて、その中で葛藤している曲ですね。でも、あんまり真剣に何かを伝えたい曲ではなくて、“なんでもありなんだよ”みたいなものを感じてもらいたいと思ってます。
※母親や父親との極端な対立、疎外感、虐待など、幼少期の経験が原因となって生じる心の問題のこと。
ーアートワークも一度見たら忘れられない鮮烈なインパクトを放っています。なにかイメージはあったのですか?
アートワークに関しては、歌舞伎系のアーティスト写真やジャケットをずっとやりたいなと思っていて。昔は日本人っていうのがすごく嫌だったんですけど、シドニーに行ってから初めて日本人としてのプライドを持って、日本の良さを知ることができたんです。それで、音楽を始めてから結構すぐの頃から日本のカルチャーを取り入れたビジュアルを絶対にやりたいなって思っていて。2020年に作ってリリースしていない曲があるんですけど、実はその曲のジャケットがこういうイメージでした。
ー歌舞伎をイメージしていたんですね。
歌舞伎“系”ですね。お歯黒なんだけど、ネイルも大好きだからネイルもしてるしカラコンも水色で、まるっきり歌舞伎のスタイルを変えた感じです。あと日本の要素としては、歌詞を書いている途中で日本語を入れてみたいなって思って、日本語を入れてみました。
ー《月に代わってお仕置きよ 可愛い愛章、パパの赤子》ですよね。
そうです(笑)。歌詞の中に日本語を入れて、ジャケも自分を出しているけど、歌舞伎にインスパイアされているメイクで、日本のカルチャーを混ぜ込んだ自分にとって初めての作品です。
ーミュージックビデオ(以下、MV)ではそれぞれの場面ごとにスタイル・ルックの違ったAishoさんが登場されますが、アイディアはどこから生まれたのでしょうか?
MVは僕と同い年の友達のMatheus Katayamaと一緒に作りました。去年公開した「Needed」と「Midnight tipsy」の監督もしてもらったんですけど、クリエイティブの面ですごく合う人なんです。Matheusには毎回、僕が先に曲とビジュアルイメージを伝えて、そこから2人でアイディアを出し合って、ひとつの作品を作っています。今回は11時間で3ルックの撮影をして、メイクも髪の毛も服も全部変えたし、ものすごくバタバタだったけど、超最高な撮影でした。
ーMVから自分を表現することを楽しんでいるのが、ものすごく伝わってきます。
本当に楽しいです。バラードも書いたり、歌ったりするのはとっても楽しいんですけど、100%の自分を表現するのはちょっと難しいかなと思っていて。だから、今回は本当に攻めようって思って作った作品ですね。自分がLady Gagaを見た時のように、“本当になんでもいいんだ”って、思ってもらえたら嬉しいで
LGBTQ+の人たちの勇気になれたら
ーAishoさんがクィア・アーティストとして表現活動をされて見えてきた今後のビジョンはありますか?
僕の音楽を通して何か感じ取ってもらうことが自分の中でのメインゴールだと思うので、成功するとか失敗するとかそういうの関係なしに、いろんなことに挑戦したいです。もちろん音楽で成功したいし、音楽一本でやり続けていきたいって考えてはいるけど、うまくいかなくても後悔はないって思ってます。なので、この先もやりたいことをただやり続けたいです。
ーAisho Nakajimaをきっかけに、自分らしさや可能性を見つけてもらえたら嬉しいですね。
すごく嬉しいです。日本はLGBTQ+であることをカミングアウトしづらいし、それは社会や環境のせいだと考えているんですけど、自分のセクシュアリティを恥ずかしく思っている人がたくさんいると思うんです。僕もカミングアウトするまでゲイである自分を認めたくなかったので、自分のことが大嫌いだった。でも一度認められるようになったら、自分と向き合う時間も作れるようになって、ゲイである自分が当たり前になったし、プライドも持てるようになって、100%ではないけど自分を愛せるようになったんです。だから、今回のテーマも「可愛い愛章、パパの赤子」みたいにふざけたテーマだし、すごく攻めた曲だけど、これをきっかけに僕のことを知ってもらうことで、自分のセクシュアリティやジェンダー・アイデンティティを理解するきっかけになったり、LGBTQ+の人たちの勇気になれたらすっごく嬉しいです。
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