サンプリングに気を付けろ!-トラブル回避のための音源まわりの注意点

コラム

皆さんこんにちは。弁護士をしている小林です。音楽を含むエンタテインメント業界の法務サポートが業務の大半で、東京藝術大学音楽学部などで著作権の授業の講師もしています。今回はご縁あって、BIG UP!zineにコラムを寄稿させていただくことになりました。読者の皆様、よろしくお願いします。

さて、音楽は誰の身近にもあるものなのに、音楽の権利まわりの話となるとちょっと複雑ですよね。BIG UP!zineの読者の中には、業界歴が長かったり、しっかり勉強した方(あるいは自分で勉強しなくてもサポートしてくれる誰かが常にいる方)も勿論いると思いますが、最低限は理解しているつもりだけど・・・という方も多いのではと思います。

いい曲ができてヒットの兆しが見えはじめたというときに、著作権侵害だとの疑いをかけられるのは誰でも避けたいところですよね。そこで、このコラムでは、知っておくとトラブルを回避しやすくなる音源まわりの注意点をとりあげたいと思います。今回は以下の目次のうち1と2を取り上げます。

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ある曲の音源に生じる著作権法上の権利とは?―「原盤権」と「出版権」―

まずは前提知識の確認から始めましょう。

レコード会社Xの資金拠出により、アーティストであるY(=あなた)は、Zが作詞・作曲した楽曲を歌唱・演奏して、レコーディングを行い、その結果できた音源Aがあるとしましょう。

この場合、通常、次のような権利が生じています。
①X社の原盤製作者としての著作隣接権
②Yのアーティスト(実演家)としての著作隣接権、実演家人格権
③Zの作詞家・作曲家としての著作権

①はいわゆる「原盤権」です。「原盤権」は業界用語で、著作権法上は、音を最初に録音して原盤を製作した者に発生する著作隣接権を指す場合と、それに加えて②を含む言葉として用いられる場合もあるため、注意が必要です。③はいわゆる「出版権」です。多くの場合、音楽出版社やJASRAC/NexToneが管理しています。

このような権利があるということは、つまり、他人の音源を無断で使うと、これらの権利を侵害するおそれがあるということです。

音源まわりの注意点1:サンプリング

サンプリングによって既存の音源を自作の楽曲・音源に取り込む場合、権利者から許諾を得てその範囲内で使用するならば問題ありません。しかし、短いフレーズしか使っていないから許諾はいらないと思っていた、といった理由で許諾を得ずにサンプリングが行われていることもあります。ジャンルによっては、使う方も使われる方もサンプリングには寛容な場合もあるでしょう。しかし、あなたの常識が、別の音楽ジャンルのミュージシャンの常識とは限りません。

では、法的には、何小節以上サンプリングしていればアウトでしょうか?あるいは、1秒にも満たないサンプリングならば問題ないのでしょうか?

実は、本コラム執筆時においては、どんなサンプリングなら適法かの明確な判断基準は存在していません。日本の著作権法はこの点について条文で定めていませんし、この点について判断した日本の裁判例も見当たりません。

米国やEUでも、元の音源を識別できない場合は適法だと判断する判決もある一方で、たとえ僅かであっても元の音源を利用した以上は違法だとする判決もあります。前者の例としては、0.23秒のホルン音がサンプリングされ楽曲中で数回使用されたとして裁判になったマドンナの「Vogue」という楽曲に関する米国判決などがあります。後者の例としては、3音からなるリフで4秒続くギターソロから2秒をサンプリングし、その部分の音を低くしてループし16ビートに変更したうえで利用したというBridgeport事件(こちらも米国判決)が有名です。

日本の著作権法の考え方としても、同様の2つ見解があり、未だ確立した見解はない状況です。ではアーティストとしてはどうすればよいのでしょう?

これはダメという確立した基準がないなら使っても大丈夫かな、ともし思ったならば、それはちょっと危険です。というのも、確立した見解がないということは、あなたとは違う考え方に立って権利主張がなされ、配信差止や損害賠償を請求され、本当にアウトかセーフかは裁判所に行くまで結論が出ない可能性がある、ということを意味するからです。

この手のトラブルが発覚し問題化するのは、楽曲が世に知られ始めた時や有名になった後が多いのですが、そんなタイミングだと、仮に最後まで裁判で戦って勝訴判決を得られるとしても、裁判所で争っているというイメージがつくこと自体を嫌う人もいるでしょう。

しかも裁判には時間とお金がかかります。東京で著作権関係の裁判をすると、第一審の地方裁判所での判決が出るまで概ね1年半程度を見込んでおいた方がよいでしょう。どちらかの当事者がその判決を不服として控訴するとさらに7,8か月程度かかります。

そこで、早期かつ水面下での解決のために、一定の金銭を支払うことで話し合いによる解決を目指すことも考えられます。しかしサンプリング(原盤の部分利用)についての相場はあってないようなものですから、原盤権者からかなりお高い要求をされるかもしれません。それでも、解決するためには要求を拒否するという選択肢は事実上ないかもしれません。それに加えて、楽曲の著作権者からも配信差止や損害賠償請求をされる可能性があります。さらに、代理人を立てるならば弁護士費用も工面しなければなりません。状況次第では、数百万円単位での出費を覚悟しておく必要もあるでしょう。

商業ベースでの配信を考えているのであれば、短時間のサンプリングであったとしても気をつけておくべきといえます(なお、音源の一部をサンプリングしてそのまま利用するのではなく、その部分を自ら演奏して自作曲に取り込む場合は、音源そのものの利用はないので、原盤権侵害にはなりません。演奏部分が短く誰も原曲のフレーズを利用していると気づかないような場合は、楽曲の著作権侵害にもならないでしょう)。

最後に2点補足しておきましょう。

1つめは、原盤権の保護期間との関係です。クラシック音楽の音源のサンプリングの場合、楽曲の著作権は切れていても、その音源については原盤権が存続している場合があります。たとえば、1951年7月1日に市販されたCDの原盤権は2021年12月31日まで存続します(保護期間は発行から70年間)。「クラシックなら大丈夫」ではないのでご注意ください。

もう1つは、YouTubeその他の配信プラットフォームとの関係での注意点です。
皆さんが他人の曲を演奏してYouTubeなどのプラットフォームで配信する場合、本来であれば、皆さんはJASRACやNexToneなどの著作権管理事業者からその許可を得る必要があります。しかしYouTubeなどのプラットフォームは、JASRACやNexToneと包括契約を締結しており、プラットフォーム上での配信に関する「著作権」の権利処理を行っているので、「演奏してみた」、「歌ってみた」の場合、皆さんが直接著作権管理事業者別途著作権者から許諾を得る必要はありません。つまり、YouTube (Google)が皆さんの代わりに許諾をとってくれているのです。他方で、YouTubeは「原盤権」の権利処理はしていません。つまり、サンプリングについて許諾が必要な場合は、皆さんが自分で権利処理をする必要があるのです。この違いは理解しておきましょう。

実はサンプリングを行った楽曲はYouTube上での収益化に支障が出る(コンテンツID登録ができない)ということも、BIG UP!zine読者の皆様には改めて確認していただきたいところですが、この点については、次回コラムで、フリー音源や「TYPE BEAT」やSpliceなどのライブラリ音源を使用する場合の注意点とあわせて、もう少し詳しく説明したいと思います。


<小林利明 プロフィール>

弁護士・ニューヨーク州弁護士。骨董通り法律事務所。
東京芸術大学音楽学部非常勤講師、中央大学国際情報学部兼任講師
日常的に、アーティスト、プロダクション、レコード会社の様々な立場の依頼者からのご依頼を受けています。音楽・映像・出版・広告を含むメディア・エンタテインメント業界やスポーツ業界のクライアントへの法務・労務サポートを中心に弁護士業務を行うかたわら、大学で著作権法の講義を担当したり、各種セミナーや企業研修の講師を行っています。著書に『エンタテインメント法実務』(弘文堂、2021〔編著〕)など。

骨董通り法律事務所