理芽の成長と変化が刻まれた1stアルバム『NEW ROMANCER』。本当の意味でのスタート地点
インタビュー
『BIG UP!』を利用している注目アーティストをピックアップして紹介するインタビュー企画。第61回目は理芽が登場。
バーチャル・シンガー、理芽が1stアルバム『NEW ROMANCER』を7月21日にリリースした。
YouTube発のクリエイティブ・レーベル〈KAMITSUBAKI STUDIO〉より、花譜に続いて2人目のバーチャル・アーティストとして2019年10月にデビューした理芽。国内外幅広い、そしてカッティング・エッジなアーティストの楽曲をカバーするほか、ヴァイラル・ヒットを記録した「食虫植物」をはじめとしたオリジナル楽曲の投稿で独自の存在感を放ち続けてきた。
今作『NEW ROMANCER』にはこれまで発表されてきたシングル曲を含む全14曲を収録。作曲は全て気鋭のSSW・笹川真生が担当。オルタナティブ・ロックやジャズ、ベース・ミュージックなど様々な要素を内包しながら、目まぐるしく展開していく楽曲郡は、その情報量の多さやどこまでいっても実態を掴ませない不定形なスタイルも相まり、不思議な中毒性を孕んでいる。
今回のインタビューでは理芽のこれまでの足取りや1stアルバム『NEW ROMANCER』制作背景を紐解きつつ、彼女のアーティストとしての核に迫ることに。
自分の個性、アイデンティティと向き合ったこの2年
ー2019年10月にデビューして以降のこの約2年ほどの期間を振り返ってみていかがですか?
まずデビューできた事自体が自分のなかでは信じられない出来事で。立派なレコーディング・スタジオでの録音やライブ、色々な方と出会い、お話をする中で音楽の奥深さにも触れることができて……とにかく未知の体験の連続でした。デビューしたての頃はどこかふわふわしている感覚もあったのですが、その頃よりはちょっと成長して、地に足がついてきたんじゃないかなって思います。
ー「成長」という言葉が出ましたが、自分自身変わったなと思う部分は?
声の出し方や感情の込め方は特に成長できた部分なんじゃないかなって思います。あと、私は元々話すのがあまり得意ではなかったので、今こうやってお話しできていることも、〈KAMITSUBAKI STUDIO〉の定期配信している情報番組などに出演させてもらったりする中で、昔に比べたら少しずつ変わっていった部分だと思います。
ー発声方法や感情の込め方など、シンガーとしての変化について詳しく教えてもらえますか?
初めの頃はとにかく必死で歌っていたのですが、徐々に自分で曲毎により明確なイメージを抱くようになったんです。それを表現するために曲の雰囲気や歌詞に合わせて歌い方や声の出し方をアレンジしたり、色々と試行錯誤するようになりました。
ーなるほど。
変わらないスタイルを貫くのもカッコいいと思うんですけど、私はやっぱり変化し続けるアーティストでいたいと思うんです。なので、作品毎に違った側面をお見せできるようにしたいなと。これは〈KAMITSUBAKI〉の他の仲間たちからの影響もあると思います。みんなどんどん個性が強くなっていくし、みんなに置いてかれないようにしなくちゃって。一人ひとりが成長していくことで、〈KAMITSUBAKI〉全体を盛り上げることに繋がれば嬉しいです。
ー理芽さんのこれまでの活動において、いくつかターニング・ポイントになったであろう出来事、作品についてお聞きしたいです。まずは昨年発表した「食虫植物」。この作品で理芽さんのことを知った方も多いと思います。
おっしゃるとおり、「食虫植物」はより多くの人にあたしの存在を知ってもらえた作品だと思います。色々な方からも褒めて頂いたんですけど、当時は他人事のような感覚で、現実味がないというか、とにかく信じられないといった感じでした。みなさんからのコメントなどを読んで、自分で把握できていなかった自分の強みや魅力を知れたり、もっともっと頑張ろうって思えましたね。
ー特に記憶に残ったコメントなどはありますか?
うーん、「夜の帝王」とか(笑)。あと、最初の頃は「花譜ちゃんに似てる」ってよく言われることがあって。自分的にもわかる部分はあるんですけど、やっぱり自分は自分なので、そう言われるようになってから、どうしたらもっと自分の個性を出せるんだろうっていうことを考えるようになりました。
ー今現在の理芽さんは、自身の個性をどう捉えていますか?
あたしの声って、良くも悪くも綺麗ではないと思うんですけど、それが個性にもなるのかなって考えるようになりました。あと、英語や韓国語の曲だったり、結構幅広いジャンルの音楽を聴いている方だと思うので、そういった色々なスタイルを取り入れるのも、自分の強みかなって思ってます。
ー話はまた戻りますが、去年の4月に発表したGuianoさんとのコラボ曲「透過夏 feat. 理芽」も大きな話題を呼びました。この曲の制作についても教えてください。
Guianoさんからオファーして頂いたのですが、自分のオリジナル楽曲のときとはまた違った楽しさがありました。あの曲は結構音程の高低差があって、レコーディングのときは苦戦したんですけど、また新たな自分の一面を引き出してもらえたような気もします。
ーまた、今年の5月には無観客配信という形で初のワンマン・ライブも開催されました。率直にいかがでしたか?
自分の今でき得る最高のパフォーマンスができたと思います。過去の曲にも今のあたしだからできる表現を加えたり、デビュー時からの変化もお見せできたんじゃないかなって。バンド・メンバーのみなさんの演奏もすごく迫力があって、その演奏に置いてかれないように、全身で音を感じながら歌いました。
新しい世界、新しい自分――1stアルバムに込めた想い
ーワンマン・ライブでも披露されていた新曲も収録された1stアルバム『NEW ROMANCER』がこの度リリースされました。ありきたりな言い方になってしまいますが、今作はやはり理芽さんのこれまでを総括するような作品になったのではないでしょうか。
そうですね。あたしの音楽活動を始めてからここまでの集大成であり、自分の成長記録のような作品になったと思います。同時に、ここが本当の意味でのスタート地点のようにも感じています。この2年ほどの活動で、アーティストとしてのアイデンティティを強く認識することができた。それも踏まえて、これからもっともっと頑張っていきたいなと。
ーアルバムは全14曲中7曲が新録曲です。
はい。ライブでは披露している曲もあるんですけど、やっぱりライブとスタジオ音源ではかなり曲調なども変わりますし、歌にはその時々の感情などが反映されていると思うので、どの曲も違っておもしろい作品になったと思います。
ー作詞作曲編曲は全てSSWの笹川真生さんが担当しています。笹川さんとは普段、どのように制作を進めているのでしょうか。
基本的には笹川さんが曲を作ってきてくださって、あたしはそれを聴いて、イメージを膨らませつつ練習して録るっていう形です。最初はお互いどこか遠慮しているような感じもあったんですけど、回数を重ねるにつれてより密なコミュニケーションを取れるようになってきたと思います。やっぱり作者の方の思いや意図と、自分の表現が合わさってこその共作だと思いますし、そういった曲作りに対する姿勢の部分も徐々に変化してきたような気がします。
ー笹川さんの作る曲はサウンド・スタイルの幅も広いですし、歌詞も抽象的なものが多い印象です。テーマやコンセプトについてはどのように共有しているのでしょうか。
歌詞の意味について聞くこともあるんですけど、あまり具体的な意味やメッセージは込めていないみたいで。イメージや感覚、あとはそのとき思いついた言葉や自分の好きな言葉を並べたりすることが多いそうなんです。なので、そこにあたしなりの解釈やイメージを加えつつ、いつも歌っています。
ただ、今作に収録されている「やさしくしないで」だけは少し作り方が違って。この曲は思いっきりあたしにフィーチャーしてくれた曲なんですけど、笹川さんがじっくりとインタビューというか、いっぱい質問をしてくれて。そこでのやり取りから生まれた作品になっています。自分の好きな色、食べ物、趣味、あとは普段何してるかや自分の住んでいる街について、あとは学生時代の話だったりを洗いざらいお話して。歌詞にはそのときのお話した言葉や内容がいっぱい出てきます。
「やさしくしないで」というタイトル、フレーズも、あたしが人から優しくされるのが苦手だという話から生まれましたし、早起きが苦手なことも歌詞で拾われていて(笑)。本当に自分のことを深く深く掘り下げてもらった曲です。
ー5月に開催したワンマン・ライブのタイトル、そしてアルバムのタイトルともリンクする「NEUROMANCE」についてもお聞きしたいです。この曲はどのようにして生まれたのでしょうか?
「NEUROMANCE」は元々SF小説(ウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』)に由来しています。ワンマン・ライブのMCでも少しお話したんですけど、やっぱり今の時代って、昔は受け入れられなかった文化や考え方も受け入れられるようになってきていますよね。“ニューロマンス”という言葉には、そういった新しい世界、もしくは新しい自分になるというようなイメージを込めてプロデューサーさんが付けてくれました。カタカナの「ニューロマンス」にすることで、「NEUROMANCE」とも「NEW ROMANCE」とも取れるというのも良いなって思ってます。
―この曲に限らずですが、笹川さんの作る曲はその構成や展開もおもしろいですよね。「NEUROMANCE」はブリッジ部分のカオティックな展開が圧巻です。
わかります。さっきまで晴れてたのにいきなりバーって土砂降りになった、みたいな。そんなイメージで、最初に聴いたときは本当にびっくりしました。この曲に対して、あたしは歌でどうやってアプローチすればいいんだろうって考えたり。笹川さんの曲は「明るい曲」「暗い曲」って一言で表現できない複雑さがありますね。
―花譜さんをフィーチャーした「魔的」はジャジーで性急な演奏で始まり、サビでは一気に開ける。展開も激しく美しい曲に仕上がっています。
花譜ちゃんとのコラボや一緒に歌う機会は何度もあったんですけど、今回は初めて笹川さんが作ってくれたあたしの曲に、花譜ちゃんをお招きするという形だったので、すごく新鮮でした。
声が「似てる」って言われてきたあたしたちだからこそ、それぞれの個性を出すことに意識的になって、いつもとはちょっと違う歌い方、表現ができたんじゃないかなって思います。
ーアルバムにおいて、特に難産だった曲などはありますか?
レコーディングで一番苦戦したのは「十九月」ですね。ポエトリー調の歌い方が難しくて。あたしは方言というか喋り方に癖があって、発音やニュアンスの部分で何度もやり直しました。
みんなと同じ目線で
ー先ほど、このアルバムはスタート地点のようにも感じるとおっしゃっていましたが、理芽さんの今後の展望は?
アルバムをリリースしたので、やはりライブをもう一度、というか何度でもやりたいです。この前は無観客だったので、できることならお客さんも入れて。あとは配信などで、もっとファンの方との距離を縮めたり、交流できる場を増やせたらいいなと考えています。
ーそれはYouTubeでの生配信であったり?
そうですね。念入りに計画してという感じではなく、不意にポンッとやってみたり。もっと気軽に、ラフな感じでコミュニケーションを取れたらいいなと思いますね。
―最後に、理芽さんが目指す今後のヴィジョンや理想のアーティスト像について教えてください。
将来的には自分でも曲作りに携わりたいなって思っています。昔から興味はあって、フリーのトラックに歌を乗っけてみたりしたことはあるんですけど、本格的に取り組んだことはなくて。自分には知識もセンスもないって決めつけてたんです。でも、ワンマン・ライブやアルバム制作を経て、改めてやってみたいという気持ちが湧いてきて。もちろん一朝一夕でできることではないと思うのですが、行く行くは作詞・作曲に挑戦してみたいと思うようになりました。
―それは楽しみです。
あとは、親しみやすいアーティストでありたいです。もちろん褒めらるのは嬉しいですし、励みにもなるのですが、あまり崇められたくはないなと。アーティストとしての自覚は持ちつつも、それでもやっぱり第一にあたしは普通の人で、たまたま音楽活動をさせてもらっている。そういう気持ちで、リスナーのみなさんと同じ目線に立って活動していきたいです。ちょっと辛いことや嫌なことがあったときに、寄り添えるような存在。常に一番じゃなくてもいいので、忘れられない、いつも側にいてくれるアーティストになれれば嬉しいです。
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