3部作の完結作にして一つの区切り。人生の大きな節目を迎えた西恵利香が語る、新作に込めた思い

インタビュー

『BIG UP!』を利用している注目アーティストをピックアップして紹介するインタビュー企画。第67回目は西恵利香が登場。

シンガー・ラジオMC・コーラス・サポートなどマルチに活動する西恵利香がニュー・アルバム『flower(s)』を11月3日にリリースした。

レーベル〈para de casa〉移籍後、3枚のアルバムを発表してきた彼女は、今作を“3部作の完結作”と表現する。それぞれの曲がそれぞれの花を咲かし、美しい花束になるという思いが込められたそのタイトル通り、多彩な作家/プロデューサー陣と共にバラエティ豊かな作風を展開しつつも、これまでのクールかつアーバンなサウンドからどこか穏和でハートウォーミングな方向性へとシフトしたように感じる。

前作から2年。コロナ禍での活動も含め、彼女はどのような足取りを経て今作に辿り着いたのか。その変化を紐解くべく話を訊いた。

生活に彩りを――新作『flower(s)』のコンセプト

―今作のコンセプトはどのように生まれてきたのでしょうか。

昨年末くらいに、『flower(s)』というタイトルが先に浮かんできたんです。コロナ禍で家にいる時間が増えて、部屋に花を飾るようになって。花って生活に溶け込みやすいというか、さり気なく日常を彩ってくれるんですよね。身近なところに置いておくだけで気持ちもすごく明るくなる。私の音楽もそういう存在になればいいなと思って、『flower(s)』というタイトルが生まれました。

―昨年から続くコロナ禍での活動や生活はいかがですか?

去年は春から年末まで一気にライブやイベントが飛んでしまって。特にすごく出たかったフェスも複数中止になってしまいましたし、ものすごく落ち込んでしまいました。去年からアルバムを作ろうと動いてはいたのですが、上手く曲が作れなくなってしまい。元々家にいるのも好きな方なんですけど、それでも長く続くと流石にキツいなと思いました。
ただ、今年に入ってからは(サポートで入っている)YONA YONA WEEKENDERSのライブがあったり、少しずつ日常が戻ってきている感覚もあって、すごく救われました。

―制作への影響について、もう少し具体的に教えてもらえますか。

リモートで打ち合わせをしたり、意見交換をするのが最初は慣れなかったです。それまではプロデューサーさんたちと顔を合わせて、ときには雑談も織り交ぜながら制作を進めていたので。でも、それも徐々に慣れてきて、今年に入ってからはだいぶスムーズに行えるようになりました。

―昨年の段階でアルバム制作の話も上がっていたとのことですが、当初はどのような方向性や作風を予定していたのでしょうか。

家にずっといることによって聴く音楽も変わってきて。それまでは家でも外でもダンサブルでグルーヴィーな音楽を聴くことが多かったのですが、ステイホームを続けていると、そういった音楽から自然と距離を置くようになって、もう少し温かみのあるというか、穏やかな音楽を聴く機会が増えました。あと、私は韓国のヒップホップやR&Bも好きなのですが、なんとなくシーンの傾向として、オーガニックな音色を使うアーティストが増えた気がしていて。なので、自分のアルバムもそういった方向性にしたいなと、ぼんやり考えていました。エレキよりはアコギも取り入れて、クールというよりは心温まる感じというか。

―それが今作での作風の変化に繋がったと。では、アルバム制作が加速していったタイミングなどはありますか?

去年からシングルをいくつかリリースしてはいたものの、アルバムコンセプトが生まれたのが年末で、そこから何だかんだ時間が経ってしまい、夏前くらいから一気に制作を進めた感じです。ずっと一緒に制作してきている及川(創介)くんに、先程話した方向性やサウンド感を伝えて、改めてどんな作家さん、プロデューサさんにお声掛けしようかと考えました。
とはいえ、去年から頂いていたデモも結構あって。イケガミキヨシさんがトラックを手がけてくれた先行シングル「美しい時間」もそうですね。

―昨年から制作していたとはいえ、「美しい時間」は不思議と今作の雰囲気にぴったりというか。コンセプトにも合っているように感じます。

そうなんですよね。『flower(s)』というタイトルに込めた温かいサウンドにもなっていて。イケガミさんはChocoholicさんやSIRUPくんと同じ事務所の作家さんで。事務所のスタッフさんから、「西さんにぴったりのデモがあるんです」という風にご連絡頂いて。聴いてみたらとてもカッコよかったんです。デモなんですけど、本当にみんなに聴かせたいくらいクオリティが高くて。これは絶対に作品にしようと長いこと温めていました。

―今作のコンセプトを最も体現している曲を挙げるとするならば、やはり表題曲の「flower(s)」でしょうか

「flower(s)」はタイトル・トラックなんですけど、短尺のインタールード的楽曲で。最初はインストでもいいかなって思ってたんですけど、及川くんに「こういう曲を作りたい」って伝えて、返ってきたデモがすごくよくて、これは歌も入れたいなと思いました。おっしゃったようにシンプルに今作のコンセプトやテーマを表現した曲になっていますね。

多彩な作家陣との共作

―今作にはイケガミさん以外にも初タッグとなる方も参加していますよね。韓国のbemyfrndは以前にリミックスという形でコラボを果たしましたが、今作では「down」の作曲者としても参加しています。

「STAY」のリミックスが個人的には大好きだったので、「もう1曲お願いできますか?」という感じで連絡させてもらいました。“夜明け”を意味するタイトル通り、この状況が早く明けてほしいという願いと、本当にこのまま収束するのだろうかと悩んでいる感じも伝わるんじゃないかなと。

―「Dress」を手がけたDetch(CANDYGIRL)さんは所属レーベルの繋がりでしょうか。

はい。〈para de casa〉がCANDYGIRLのエージェントをしているので、その繋がりで紹介してもらって。この曲は具体的に何かあったわけではないんですけど、昨年からの世の中の暗いムードだったり、それに対して感じる窮屈さとか、そういう気持ちが表れていると思います。悲しいニュースも多いですし、ネット上も少し荒んだ空気感が漂っていたり。そういう気持ちをDetchに伝えて、一緒に作っていきました。

―その他、新録曲でいうと「アメリ」、「秘密」の2曲が収録されています。それぞれどのようにできたのか、教えてもらえますか?

「アメリ」は何度も一緒に制作しているChocoholicちゃんとの曲なので、今回もスムーズに完成させることができました。ざっくり抽象的なイメージで伝えても、私の意図をすごく細かく汲んでくれるので、とてもありがたいです。
タイトルの由来についてもよく聞かれるんですけど、映画『アメリ』から取っています。コロナ禍になったことで、家で映画を観る機会も増えて。『アメリ』は昔観たことがあって、オシャレな映画っていうイメージだったんですけど、改めて見返すと悩みつつも自由に生きていくアメリの姿に励まされるというか、すごく勇気をもらって。

―「秘密」は及川さんとの楽曲で、メロウでミニマルなトラックが印象的です。

及川くんはめちゃくちゃ音楽に詳しい人で、この曲は「The InternetみたいなR&Bにしてみよう」って言ってくれて。レコーディングのときも「Erykah Baduみたいに歌って」って言われたり(笑)。ボーカルに関してもすごい練習して挑んだ曲ですね。実はミックスでめちゃめちゃロー(低音)を強調してもらったので、この低音感を早くライブハウスで披露してみたいです。

―「秘密」の歌詞ではどこか禁断の恋愛というか、妖しげな雰囲気を感じさせます。

トラックから妖艶な雰囲気を感じ取ったので、そこから膨らませていきました。私は「アメリ」みたいに具体的な名詞や言葉を歌詞に使うことが多いのですが、この曲は敢えてボカすというか、聞き手の想像を掻き立てるような曲にしたかったんです。

―歌詞に出てくる具体的な名詞でいうと、「PINK」の《SATC》や《R.M.T.T》も印象的でした。

お察しの通り《SATC》は『SEX and the CITY』で、《R.M.T.T》はYONA YONA WEEKENDERSの曲名です(笑)。彼らにはずっとお世話になっているので、リスペクトと言葉遊びを兼ねて入れさせてもらいました。

―先行シングルとして発表された「PINK」はこれまでにもタッグを組んでいるPARKGOLFさんとの共作曲ですよね。

この曲は5月に開催予定だった、おかもとえみちゃんとのツーマン公演で披露しようと思っていたんです。その時期はとにかくライブへの渇望感が高まっていた時期で、ライブに対するドキドキ感が恋愛の気持ちにも似てるんじゃないかって思って、それを「PINK」と表現して歌っています。

―トラックは2ステップっぽくもある、ダンサブルなナンバーで。

このトラックは元々『Love Me』のときに頂いていたんですけど、その時点ではまだ私には早いんじゃないかって思って、寝かしていたんです。でも、すごく気に入っていたので、いつか作品にしたいなとずっと考えていて。今回満を持して、曲として完成させることができました。

妥協しないで制作した力作、その背景にあった思い

―『flower(s)』というタイトルやアートワーク、そして直前には結婚のご報告もあって、とても祝祭感に溢れる作品になっているのかなと思っていたのですが、実際には意外とメロウな曲も多いですし、歌詞も底抜けに明るいというよりかは、どこか陰を感じさせるものも多いですよね。こういった作風を、ご自身ではどのように分析しますか?

基本的に私がネガティブというか、マイナス思考な性格ということが大きいのかもしれません(笑)。コロナ禍での落ち込みから立ち直るのにも時間がかかってしまいましたし。あと、結婚したことは本当に幸せに思っているんですけど、やっぱりそれに際して家庭に入るというか、音楽活動を辞めるという選択肢も頭にはチラついて。自分はこれからも続けていくのか、続けていけるのか、という風に悩んでいた時期でもあったので、そういったムードが自然と出ているのかもしれません。

―音楽活動の引退まで考えていたんですね。

めちゃくちゃ考えましたし、今でも悩むことはあります。ただ、『flower(s)』を制作していくなかで、音楽を作ることがすごく楽しく感じられるようになって。改めて自分は歌うことが好きだし、やっぱりこの仕事以外できないなと思いました。

―今作の制作は、ご自身にとってこれまでとは異なる感覚だったと。

レーベルを移籍しての1st(『soirée』)、手探りだけど徐々に自分でやれることも増えてきた2nd(『Love Me』)といったように、単純に自分自身の経験値が上がったことが大きいと思います。作品リリースの間に自分でもいっぱい勉強しましたし、自分により自信を持つことができて。今回は自分で率先してプロジェクトを進めていく感覚があったんです。
あと、今作を3部作の完結作という位置付けにして、一区切りさせたいという思いもあったので、とにかく妥協しないで制作しようって決めていて。今回はアートワークやアーティスト・ビジュアルも大きなチームで制作してもらいました。

―確かに花を大胆に使ったビジュアル面も、これまでのイメージを刷新するかのような仕上がりです。アートワークやビジュアルはどのように制作したのでしょうか?

私のマネージャーが元々繋がっていたこともあり2BOYさんにお願いしました。今まではスタイリングやメイクも自分でやっていたのですが、今回はメイクさん、スタイリストさん、そしてディレクターがいて。過去の作品もすごく気に入っているんですけど、今回は自分の想像を大きく超えた作品ができた感覚があります。

―2BOYさんとはどのようなやり取りを?

『flower(s)』というタイトルなので花をフィーチャーしたいという話からスタートしていて。私は顔全体を花で覆うのもいいかもって思ったんですけど、2BOYさんが「この時代にしか作れない作品にしたい」って言ってくださって。それで花でマスクを表現した作品になりました。

ファンやチームに対して常に誠実でありたい

―3部作の完結とも言える自信作を作り上げた今、西さんは今後のビジョンをどのように描いていますか?

音楽を続けていくとはいえ、ひとりの人間、女性としての人生も進めていきたいので、そこまで駆け足で活動していく必要もないのかなって考えています。そういった自分の人生を反映させた作品を作っていけたらいいなと思いますし、音楽制作以外にもラジオだったり、やりたいことはたくさんあるので、マイペースに活動していければなと。
とはいえ、実は『flower(s)』で制作が楽しくなった勢いで、すでに新曲も作っていて。その新曲と共に新たな西恵利香をスタートさせたいです。

―ちょっと難しい質問かもしれませんが、改めてご自身から見た西恵利香というアーティストの個性、アイデンティティを挙げるとするならば、どのように説明しますか?

難しいですね……(笑)。全部自分の体験というわけではないのですが、元々恋愛の曲も多いですし、特に女性の気持ちや感情に寄り添いながら、それを作品として昇華しているのが私らしさなのかなって思います。
ここで問題提起をするわけではないのですが、どうしてもまだ女性の方が社会的に弱い立場だなと感じることもあって。子供を生むのも女性ですし、育児で仕事を休むのも女性の方が多いですよね。もちろん生物学的に仕方のないことでもあるんですけど。

―未だに結婚して名字が変わるのも女性ですし。

確かに。私はパートナーの名字になれて嬉しく思いますけど、別姓という選択肢もあっていいはずですよね。政治的に語るわけではないですけど、そういった立場から女性に寄り添った曲を歌うことができるのは、私の強みのひとつなのかなって思います。

―ガールズ・グループを出自とするアーティストでありながら、結婚を発表することも含めて、とても誠実なスタンスだなと感じました。

時代的にもそういったことを隠さないアーティストさんも増えましたし、とにかくファンの方やチームに対して正直でありたい、誠実でありたいと思っています。

―では最後に、ご自身の音楽活動としての大きい目標や夢を挙げるとすると?

大きい会場でライブをしたいというような思いもあるんですけど、何よりも長く続けていくことが一番難しくて大切なことだなと思うので、敢えて挙げるとするならばそれですね。結婚もして、たぶん今後は生活と仕事のバランスで悩むことも増えると思うんです。でも、そういったこともできるだけ楽しみながら続けていければなと。

衣装協力
Tops:alonn
Pants:jouetie
Shoes:MM6 Maison Margiela


EVENT INFORMATION

『西恵利香 3rd Full Album 「flower(s)」 Release Tour』

2021年11月14日(日)
OPEN 17:00 / START 18:00
福岡 LIVE HOUSE 秘密
西恵利香 groovy band

2021年11月20日(土)
OPEN 17:00 / START 18:00
大阪 BEYOND
西恵利香 groovy band

2021年11月28日(日)
OPEN 17:00 / START 18:00
東京・渋谷 WWW X
西恵利香 band set


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