「作曲は生活の一部」――孤高の宅録音楽家・Vacant Waveが語る、創作の原動力

インタビュー

『BIG UP!』を利用している注目アーティストをピックアップして紹介するインタビュー企画。第87回目はVacant Waveが登場。

2019年より活動開始したベッドルームポップ・プロジェクト、Vacant Waveが両A面シングル『Yesterday / I’ve Been Waiting For You』を9月7日にリリースした。

Vacant Waveはサイケポップ・バンド、paddy isleのベーシストとしても知られる新垣歩によるソロ名義。昨年から今年にかけてはアルバムを3作、そしてEPやシングルなどをコンスタントに発表するといった多作な作家であり、ネオアコ〜シューゲイザー、オルタナ、サイケ、USインディ……などなど、ローファイなバンド・サウンドを軸に、打ち込みならではの編集感覚と幅広いバックグラウンドを感じさせる音楽性でじわじわと音楽好きの間で注目を集めている。

果たして、Vacant Waveとは一体何者なのか、その創作意欲の源とは? 気鋭の音楽家、Vacant Wave初の単独インタビューをお届けする。

両親のCDコレクションから始まったリスナー履歴

ー音楽に興味をもったのはいつ頃からなのでしょうか。

両親が共に音楽好きなので、小さい頃から音楽は身近な存在でした。父親がライターで、音楽専門っていうわけではないんですけど、幅広い分野で書いていたので、家にはプロモーション用のサンプル盤が大量にあって。その一方で母親はThe Policeなどイギリスのバンドが好きで、そういったCDもよくかかってた。どちらも主に80年代の作品が多かったですね。

ーそこから自発的に聴くようになったアーティスト、作品などはありますか?

The Collectorsやムーンライダーズなどですね。海外のバンドだったらThe Clashといったパンク系にハマりました。中学生くらいのときにYouTubeでNirvanaと出会いまして。それからは家にないCDや音楽を自ら求めるようになりました。

ーリアルタイムの音楽にはあまり触れてなかったのでしょうか。

そうですね。どちらかというと過去の名盤、名作とされているものを追いかけていました。

ー楽器を始めたのはいつ頃ですか?

それも同じく中学生のときですね。親が誕生日にアコギを買ってくれて、ひとりで家で練習してましたね。それこそNirvanaやOasisのスコアブックとかも買って、今考えたらひとりでやるような音楽じゃないだろって思うんですけど(笑)。

ーそこからバンドを組んだり?

高校生になってからエレキを買ってもらったんですけど、地元は田舎だったのでバンドを組むような友達が周りにいなかったんです。ただ、ひとりだけ音楽に詳しいやつがいたので、彼にくるりやスピッツといった現役で活動している国内のバンドや、Radioheadを教えてもらいました。彼もギターを持っていたんですけど、ギター2人じゃ何もできないので、バンドをやるのは大学からですね。

ー大学ではどのようなバンドを?

最初は洋楽のコピーをするバンド・サークルに入りました。そこのしきたりで1年のときはポップ・パンクをやらされるんです(笑)。それ以降はOasisやblurといったイギリスのバンドの曲をやることが多かったですね。そんな感じで過ごしていたら、大学3年のときに同じサークルの人から誘われて新しいバンドに入ることになったんですけど、その後にバンドの中心人物が抜けちゃって。なし崩し的に残されたメンバーで2年くらい活動していました。

ーなるほど。

最初はThe Strokesみたいなサウンドを4人でやってたんですけど、3人になったことでそれが崩れ、徐々にネオアコみたいな方向性になりました。でも、歌詞は全部日本語だったので、今振り返ってみると何がやりたかったんだろうっていう感じで(笑)。当時はEggstoneにハマっていたので、そういったサウンドを志向しつつ、この頃から自分で曲を作るようになりました。

ーそういったサウンドって、Vacant Waveとしての音楽性にも通ずるものですよね。

そうですね。元々The Smithsなどが好きだったこともあって、ひとりでやるようになってからも近いテイストの音はよく使っています。

バンドからユニット、ユニットからソロへ

ーバンドからVacant Waveへはどのようにして移行したのでしょうか。

バンドが停滞してしまったことを機に、そこのベーシストと一緒に始めました。そのときはちょっとバンド・サウンドからは離れたいなと思っていて、J-POPを宅録でやってみるっていうコンセプトを掲げてVacant Waveを始めました。

ー初期のフォーキーな作風は、そういった考えから生まれたものなんですね。

なので、1stアルバム『Jaine』だけ全編日本語で作りました。ただ、よくよく考えてみると僕はこれまでロックばかり聴いてきて、J-POPはあまり知らなかった。だから上手くいかなかったんですよね。

ー宅録やDTMはVacant Wave立ち上げと同時に始めたのでしょうか?

そうですね。相方が先に宅録の機材を揃えて、「こういうの始めようと思うんだけど、一緒にやってみない?」って誘ってくれたのがきっかけでした。当時は会社員として働いていたので、彼の家に毎週末通う形で4ヶ月くらいかけてミックス/マスタリングまで完成させました。作った後は達成感もあったんですけど、リリース後の反響が全くなくて……。しばらくしたら一緒にやってた相方が地元に帰ってしまい、今後どうしようかなってなりました。

ーその後はソロとして活動することになるんですよね。

その頃、僕が今在籍しているバンドであるpaddy isleのメンバーがベーシストを探していて、最初は僕の相方を推薦したんです。ただ彼は断って、流れでなぜか僕がベースを担当することになって(笑)。そうこうしてるうちにVacant Waveもひとりで続けようかと思い立って、機材一式を揃えました。

ーある意味、バンドに誘われたことが音楽へのモチベーションを繋ぎ止めたのかもしれませんね。

確かにそうかもしれません。

ーソロ・プロジェクトになってから、制作に対する意識は変化しましたか?

特に変わってないと思います。ただ、バンドって当たり前ですけど全部が全部自分の思い通りにはいかないじゃないですか。もちろん、そこがおもしろさでもあると思うんですけど。ただ、それとは別に、自分ひとりで完結するような居場所が欲しくて。敢えて言うならば、好きなことをとことんやるっていうことが意識している部分かもしれません。

ーVacant Waveの作品は様々なタイプの楽曲がありつつも、センチメンタル、ノスタルジックな感情を想起させるものが多いように感じます。こういった雰囲気、トーンは意識していますか?

意識はしていないんですけど、気分が上がっているときよりも、ちょっと落ち込んでいるときに制作することの方が多いですし、宅録だからあまり大きな声は出せない。なので、自然とそうなるのかなと。
そもそも宅録やローファイという意味ではDaniel JohnstonやR. Stevie Mooreといった人たちに憧れていて。彼らのようにたくさんの作品を出しつつも、幅広いサウンドにも挑戦したいと考えています。

ーいつも作曲はどのようなところからスタートすることが多いですか?

基本的にはギターのコード進行やリフなどから膨らませていくことが多いです。サウンド面ではそのときハマっている音楽の影響を受けやすいですね。歌詞は英語の場合は音を重視していて、意味は後付になることもあります。

「納得のいく曲を作れたときの喜び、楽しさ」――活動の原動力

ー9月7日には両A面シングル『Yesterday / I’ve Been Waiting For You』をリリースしました。これまでもシングル1曲で発表することはほとんどなく、必ずと言っていいほどにカップリングを入れていますよね。個人的にはフィジカルへの愛情、憧憬が感じられました。

それは意識的にやっています。CDやレコードの時代って、シングルでもほとんどの場合カップリングなどが入っていたじゃないですか。何か作品をクリックして、1曲しかないと少し残念に思えてしまうというか。

ー昔はシングルでも表題曲だけじゃなく、カップリングも含めての作品といった趣が強かったですよね。

わかります。ときにはカップリングの方が名曲だったり。

ー最新シングルに話を戻しまして、「Yesterday」はエフェクティブなギター・リフが印象的な1曲です。これはどのようにして生まれた曲なのでしょうか。

最初に弾き語りのデモができて、フックのメロディがいい感じだったので、なんとかして完成させたいなと思ったんです。それでギターのエフェクターをイジっていたらこの音が偶然作れて。Templesのようなサイケ感もあっておもしろいなと。そこから一気に肉付けしていきました。

ー先ほどのお話と重複してしまいますが、サウンド感であったり曲名であったり、出だしの《in teenage, i’m stuck in your mind》というリリックにしろ、これもノスタルジーな感情を刺激する1曲だなと。

この曲に関しては少し意図的にそういったテイストを出しているかもしれません。フックのリリックが先に浮かんできて、そこから全体を作り上げていきました。

ー一方で「I’ve Been Waiting For You」は牧歌的でフォーキーな1曲です。

僕がVacant Waveであまりにも曲を出しているので、paddy isleのメンバーに「バンドにももうちょっと曲を持ってこい」と言われ(笑)、その当日に作った曲なんです。一回バンドに提出したんですけど、やっぱりこの曲は自分の作品にしたいなと思って、撤回しました。「Yesterday」が結構マイナー調なので、バランスを取るという意味でもこの2曲をパッケージするのがいいんじゃないかなと。

ーバンドに持っていく曲とVacant Waveとしてリリースする曲の違いについて、ご自身ではどのように意識していますか?

バンドには演奏してて楽しそうな曲を持っていくようにしています。あと、バンド用の曲はあえて作り込まないようにしていますね。デモ段階で詰めちゃうとメンバーのみんなもやりにくいだろうし、バンドでやる意味がなくなっちゃうような気がして。
「I’ve Been Waiting For You」は明るいし、バンドでアレンジもしやすそうだなと思ったんですけど、途中で心変わりしてしまったという(笑)。

ー今後の活動についてはどのように考えていますか?

今年すでに2枚のアルバムをリリースしているので、しばらくは曲を作り溜めることを目標にしています。そして来年辺りにまたアルバムなどを発表できればなと。とか言いながら、今回のシングルみたいに突発的にリリースしたくなるかもしれないし、ぶっちゃけあまり先のことは決めていません。
ただ、バンドの方でもアルバム制作の予定があるので、そこと被らないように調整はしなきゃなと。

ー2枚のアルバムもすごく短いスパンでリリースされましたが、今後は少し期間を空けたいと。

今年リリースしたアルバムについては「めっちゃ短いスパンでアルバム2枚出したらおもしろいかも」っていう思いつきみたいな部分が大きくて。実際には結構制作とか大変でした(笑)。

ーVacant Waveとしてはこれまでもかなりハイペースに作品を出し続けてきてきましたが、作品を作り続けること、そしてそれを発表することに対するモチベーションはどこからくるのでしょうか。

今作曲は本当に生活の一部になっているので、難しいですね……。モチベーションと言っていいのかどうかわからないんですけど、やっぱり自分ひとりで納得のいく曲を作れたときの喜びというか、楽しさ、そういった部分が原動力になっているんだと思います。あと、もっともっと色々なことをやってみたいんですよね。日本語の曲も英語の曲も作るし、映画のサントラとかにも挑戦してみたい。あと、機会があればレコードなどでもリリースしたいです。単純に自分自身が物として持っていたいタイプなので。

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