「裏側を詩う」仄雲とMuiによるユニット・久遠の世界観。劣等感や卑下から希望を見つけるまで

インタビュー

『BIG UP!』を利用している注目アーティストをピックアップして紹介するインタビュー企画。第121回目は久遠が登場。

YOASOBIのサポートドラマーも務める仄雲と、「歌ってみた」を中心に活動を展開していたシンガー・Muiのふたりによるユニット・久遠。個人名義で楽曲制作をしていた仄雲が「人の声を入れてみたい」とSNSに投稿、そのコメントにMuiが反応したことが彼らの始まりだという。

2023年4月から「“裏側”を詩(うた)う」という言葉をコンセプトに活動を行っている久遠が、2024年1月31日に1stアルバム『失神少女』をリリースした。劣等感を常々感じ、自分を卑下することが多かったという仄雲が描く詩世界は、日々の鬱憤や葛藤を感じさせるものが多いが、今回のアルバムはそんな中でも希望が見出せるような作品に仕上がっている。仄雲がMuiの歌声を初めて聴いたとき、アルバムが1枚が完成するほどのインスピレーションが湧いたそうだが、今作で仄雲の世界観を見事に表現するMuiの歌声を聴くと、彼らの出会いは必然だったのだということが実感できるだろう。

今回のインタビューでは、久遠が結成に至った経緯やコンセプトとして掲げる「“裏側”を詩う」について、さらに、自分が大事にしていたものに裏切られた瞬間や喪失をテーマにしているという最新アルバム『失神少女』に込めた想いについてたっぷりと伺った。

Muiの歌声を聴いてアルバムが1枚できるくらい想像が膨らんだ

眩暈SIREN(2024年2月をもって解散)のドラマーとして活動しつつ、個人でも楽曲制作を行っていた仄雲さん。まず、久遠の活動を始めようと思った経緯を聞かせてください。
仄雲

仄雲(Dr. / Composer):

僕は昔から歌詞や本が大好きでよく読んでいたんですけど、他のメンバーが作詞をすると眩暈SIRENのカラーではなくなってしまったから、眩暈SIRENではボーカルの京寺が全曲の歌詞を書いていたんです。そこで、自分でも曲作りができないかと思って、まず個人での楽曲制作を始めました。元々ボカロでやっていたんですけど、どうしても声に感情が入らないので、かゆいところに手が届かない感じがあって。「人の声を入れてみたい」「じゃあユニットかバンドを組もう」というところから久遠の活動が始まりました。

そして、仄雲さんがSNSに「人の声を入てみたい」と投稿したとき、一番に連絡をくれたのがMiuさんだったと。Muiさんは元々「歌ってみた」の投稿などを行っていたそうですね。
Mui

Mui(Vo.):

小っちゃい頃から歌うのが好きで、高校でも吹奏楽部に入ったりと、音楽に関わるような生活をしてきました。大学では軽音サークルに入って、そのとき初めてバンドのボーカルをやらせてもらったんですけど、「歌うの楽しいな」と改めて思って。そのあと「歌ってみた」の投稿を始めました。元々ボカロが好きで、そういう文化がルーツにあったので、自分も参加してみたいなって。
とはいえ、プロのミュージシャンとして成功する人って一握りじゃないですか。自分には無理だろうと思っていたから、仕事にしようとは思っていなかったし、あくまで趣味でやっていたんですけど、 仄雲さんの投稿を見たときに「ここで声を掛けなかったら後悔するな」と思って。やりたいと思ったらやらないと気が済まない性格なので、後先は考えず、ノリと勢いでメッセージを送った感じでした。

仄雲

仄雲(Dr. / Composer):

自分としては「この楽曲のボーカリストを探しています」という感じで、本当は1曲1曲ボーカリストを変えようと思っていたんです。だけど、「私、こういう感じで歌ってます」と共有してもらった曲を聴いたら、もうどんぴしゃで。結構衝撃でしたね。1曲聴いただけでインスピレーションが湧いたというか、「こういう曲も合うんじゃないか」とアルバム1枚できるくらい想像が膨らみました。

だからこそ1曲だけではなく、今後一緒に活動していきましょうという展開になった。
仄雲

仄雲(Dr. / Composer):

そうですね。久遠をやろうと思ったのは、Muiから連絡をもらった約半年後で。自分がやりたい音楽に合うボーカリストは誰だろうと考えたら、やっぱり最初に思いついたのはMuiでした。

好きな音楽や自分のルーツにある音楽をそれぞれ教えてください。
Mui

Mui(Vo.):

小学生のときはずっとボーカロイドを聴いていました。特に私がお気に入りだったのは、現実逃避Pという名前で元々活動されていたwowakaさん。wowakaさんの作る音楽が一番自分に刺さりましたね。中学に入ってからはONE OK ROCKを聴いていました。ボーカルのTakaさんの歌い方や声は、人間のボーカリストの中で一番好きです。Takaさんはロングトーンが特にカッコいい。男の人であそこまで綺麗に高い声を出せる人ってあんまりいないと思うし、ハスキーだけど、ちゃんと芯のある声質が好きだなって思います。

仄雲

仄雲(Dr. / Composer):

僕は椎名林檎さんが大好きなので、東京事変や椎名林檎さんの楽曲をよく聴いてました。あと、凛として時雨、9mm Parabellum Bulletも好きでしたね。歌謡曲メロディのギターが入っていたり、日本の美しさがどこかに感じられるロックバンドが好きなんだと思います。久遠の楽曲を作るときにも、歌謡曲的なメロディを入れるようにしていて。シンセがメインの曲もあるんですけど、どこかノスタルジーな気持ちにさせるような曲に仕上げることを意識しています。

おふたり共通して好きなアーティストやジャンルはありますか?
仄雲

仄雲(Dr. / Composer):

基本的にはそんなに趣味は合わないかもしれないです(笑)。「このアーティスト、いいですよね」みたいな話もそんなにしないし。

Mui

Mui(Vo.):

うんうん。

仄雲

仄雲(Dr. / Composer):

だけど、僕はMuiの影響で、稲葉曇さんがすごく好きになりました。あと、花譜も好き。

Mui

Mui(Vo.):

あー、KAMITSUBAKI系(註:〈KAMITSUBAKI STUDIO〉は、YouTube発のクリエイティブレーベル)ね。理芽ちゃんとか。

仄雲

仄雲(Dr. / Composer):

そうそう。Muiの声を最初に聴かせてもらったのも、理芽ちゃんの曲のカバーでした。僕がボカロをよく聴いていた時期は、初音ミクの「メルト」とかが流行っていた時期だったので、最近のボカロをよく教えてもらっています。それが制作の要になっていますね。

吐き出したい言葉を妖怪たちと共に発信

久遠は「“裏側”を詩う」をテーマに楽曲制作をしています。また、アーティスト写真やMVは実写ではなく、Muiさんと仄雲さんの分身である、堕天使とてるてる坊主の妖怪のキャラクターが起用されています。この世界観について、改めて説明していただけますか?
仄雲

仄雲(Dr. / Composer):

現実世界とは別の裏の世界があって、そこにも自分たちがいるイメージです。裏の世界には、人間の不信感を具現化した妖怪がたくさんいるんですよ。『呪術廻戦』で言う呪霊のような感じで。僕自身、現実世界ではとにかく不満を抱えているけど、裏の世界では自分たちの言いたいことを言うし、やりたいことをやる。僕の吐き出したい言葉や表現したいことを妖怪たちと共に発信しているようなイメージです。そういう意味で「“裏側”を詩う」ような楽曲をたくさん作れればと思っています。

「とにかく不満を抱えている」とのことですが、曲を書きながら「あ、今自分はこんな不満を抱えていたんだ」「吐き出したい言葉、こんなにあったんだな」というふうに、今の自分の状態が見えてくる感覚でしょうか。
仄雲

仄雲(Dr. / Composer):

はい。なので、書きながら病みます。昔のつらかったことがフラッシュバックしたり、「めちゃくちゃ文句あるやん」と気づいたり、「今後どうなっていくんだろう」と不安になったり……曲を書いていると、いろいろな想いが湧いてきます。
自分の命を削って、曲に閉じ込めているので、書き終えたときには自分が分裂したような感覚になるんですよ。自分の中に溜まっていた鬱憤を、自分から切り離して置いておくような感覚。SNSに書いたら噛みつかれるようなことでも、音楽に昇華させることができれば、芸術として扱われるじゃないですか。曲にしたからといって、世の中に対する不満がなくなるわけではもちろんないけど、自分の言いたいことを曲に吐き出してみんなに聴いてもらうことで、気持ち的にはだいぶ楽になっていますね。

Muiさんは仄雲さんの書く楽曲をどのように受け止めていますか? 
Mui

Mui(Vo.):

自分の書いた曲じゃないから100%理解できるということはないんですけど、もらった歌詞を読んだときに「あー、こういうことあるよね」と共感することは多いです。そのときに湧いた気持ちをどうやって歌に乗せるかを考えながら取り組んでます。多分、性格的にちょっと似ているんでしょうね。

日々の曲作りはどのように行っていますか?
仄雲

仄雲(Dr. / Composer):

メロディから作る場合もあれば、歌詞から作る場合もあります。メロディ先行の場合は、歌メロとドラムから作って、そのあと曲のコンセプトを決めて、歌詞をはめていくという流れです。歌詞先行の場合は「この歌詞を入れたいな」というアイデアが最初にあるので、散歩とかをしながら、その歌詞に合うメロディを探すことが多いです。
僕、最初の段階ではコードをつけないようにしているんですよ。コードをつけると、どんなメロディでもいい曲に聴こえてしまうので。基本的にはメロディだけでいい曲だと思えるところまで持って行ってから、最後にコードをつけて、肉付けするようにしています。

なるほど。Muiさんにはどのタイミングで共有しているんですか?
仄雲

仄雲(Dr. / Composer):

キーを決めるタイミングです。Synthesizer Vというソフトを使って、ドラムとピアノと歌メロと歌詞が入ったデモをワンコーラス分作るんですよ。それを±0、+1、-1のキーで歌ってもらって、ちょうどいいキーを探して。そうしてキーを確定させたあと、さらに制作を進めていきます。編曲はアレンジャーを入れるときもあれば、自分でやるときもあるんですけど、アレンジも固まって、ミックスもある程度できて、レコーディングができる段階になったところで、Muiに改めてトラックを共有しています。

Mui

Mui(Vo.):

制作のやりとりは基本LINEでしています。レコーディング当日までは各々で練習する感じで、曲に関して直接意見を交換したりするのは、本当に当日だけ。レコーディングでは仄雲さんから「こういうふうに歌ってみようか」というアドバイスをいただきながら、少しずつ理想のものに近づけていっています。

大事にしていたものに裏切られた瞬間や、喪失をテーマにしたアルバム

久遠は2023年4月の活動開始以来、配信シングルを通じて楽曲を発表してきましたが、今年1月31日に初のフルアルバム『失神少女』を配信リリースしました。1stアルバム完成後の今の率直な心境を聞かせてください。
仄雲

仄雲(Dr. / Composer):

この1年間で僕が抱いてきた思いは詰め込めた手応えがあります。A面級の曲を集めたつもりなので、一発目にしては力強い、名刺代わりになる作品ができたんじゃないかと思っています。

<
Mui

Mui(Vo.):

私はそもそもオリジナル曲を世に出すのは久遠が初めてだし、それがアルバムという形でまとまるのも初めてなので新鮮な気持ちもあれば、「このアルバムをこれからみんなに聴いてもらうんだ」という緊張もあります。

仄雲

仄雲(Dr. / Composer):

Miuさんにとっては初めてのことばかりだからね。

<
Mui

Mui(Vo.):

そう、全部新鮮。ドキドキしてます。

仄雲

仄雲(Dr. / Composer):

噛み締めてこう(笑)!

Mui

Mui(Vo.):

はい(笑)!

アルバムの1曲目は「風船」。2023年4月にこの曲を配信リリースし、久遠の活動が始まりました。制作当時のことは覚えていますか?
Mui

Mui(Vo.):

仄雲さんからこの曲をもらったとき、ちょうど電車の中にいたんですよ。電車の窓から見える夜景と自分のイヤホンから聴こえてくる「風船」がすごくマッチして、「ああ、めちゃいい曲だな」と素直に思って。俗っぽい言い方だけど、エモい気持ちになったのを覚えています。そのあといろいろなキーで歌ってみて、今世に出ている形に落ち着いたんですけど、キーがハマった瞬間のことも覚えていますね。そのとき初めて「風船」が「風船」になったというか、「ああ、これだ」と感じました。

仄雲

仄雲(Dr. / Composer):

歌詞にもあるように、他人や、自分の心さえも分からなくなって、行き場のない夜が続いていた時期に書いた曲です。風船みたいに自由に、風に乗ってどこか知らないところに行きたいという想いがありました。さっき名刺代わりのアルバムができたと言いましたけど、この曲もまさに名刺代わりの作品というか。J-ROCKならではの物悲しいメロディが入っている曲でもあるし、僕が音楽を通して言いたいこと・伝わってほしいことが分かりやすい曲でもあるので、この曲からアルバムを聴き進めていくことで、久遠の軌跡を感じ取ってもらえるんじゃないかと思っています。

『失神少女』というアルバムタイトルの由来は?
仄雲

仄雲(Dr. / Composer):

一時的に意識を失うことを失神と言いますけど、本来の意味とは違った意味で失神と言う言葉を使っています。失神って、神を失うって書くじゃないですか。このアルバムは、自分が大事にしていたものに裏切られた瞬間や喪失をテーマにしているので、信じていたもの(=神)を失ってしまった少女(=Mui)の叫びという意味で『失神少女』という名前をつけました。このアルバムに収録されている曲たちは僕自身の叫びでもあります。

仄雲さんの中には「叫ばないとやっていけない」といった感覚があるのでしょうか。
仄雲

仄雲(Dr. / Composer):

さっき話したように、僕は常に不平不満を持っているような人間なんですけど、約3年前に上京してからは特に劣等感にまみれていったんです。東京は人がすごく多くて、何をするにも、自分の上位互換みたいな人はたくさんいるんだなと思ってしまって。そういう劣等感からどうにか自分の心を守ろうとすると、どんどん捻じ曲がって、嫌なヤツになっていっちゃうんですよね。だけど、この苦しみは別に抱いていてもいいものなんじゃないかと。だからこそ、音楽に乗っけようと思ったという感じです。

このアルバムは「取り柄」という曲の《きっと僕らは何かの途中だ》という言葉で締めくくられます。この結論にはどのように至ったのでしょうか?
仄雲

仄雲(Dr. / Composer):

僕は劣等感を持ち続けていたし、自分のことを蔑んでいたし、そんな自分のことが嫌いだったけど、自分が好きなものにも嫌いなものにも取り柄があるんだと気づいたタイミングがあったんです。今までは自分にないものばかりに目がいってたけど、今自分の持っているものを一旦箇条書きにしてみたら「自分って幸せ者なんだな」と思えて。
自分はとても幸せな人間なんだ、こんなにも大切にされているんだと気づいたとき、「こんな自分にも取り柄があるんじゃないか」「そういうものを探すことが生き抜く上で大切なことなんじゃないか」と思って。そういう経験から《きっと僕らは何かの途中だ》というフレーズで、アルバムを締め括ろうと思いました。このアルバムの中で唯一前向きなフレーズです。なので、最後は「取り柄」にしようと、曲が書けたときから決めていました。

今後はどのように活動していきたいと思っていますか?
仄雲

仄雲(Dr. / Composer):

曲をたくさん出して、ツアーを回って、僕らの想いがより伝わるような活動ができたらと思います。ライブは曲の答え合わせだと思うから絶対にやっていきたいし、音楽だけじゃなくて映像を使ったりとか、僕らの表現をしっかりと見せられる形でやっていきたいです。

4月21日に開催される初ワンマンは第一歩目ということになりますね。
仄雲

仄雲(Dr. / Composer):

そうですね。ここでバシッと決めたいです。

Mui

Mui(Vo.):

私はみんなに会うのはもちろん、お客さんの前で歌うのも初めてなので、正直すごく緊張しています。今の自分に出せる最大限のパワーを使って頑張ろうという気持ちで練習しているところです。多分、前日は眠れないですね(笑)。

スタジオに入ったりしているんですか?
Mui

Mui(Vo.):

スタジオには何回か入りました。初めて音を合わせたときは感動しましたね。まだ全曲を合わせてはいないので、他の曲がどうなるのかも楽しみです。

Muiさんは今後挑戦してみたいことはありますか?
Mui

Mui(Vo.):

ライブはたくさんしたいですね。ライブハウスツアーとかやりたいし、ゆくゆくはアリーナツアーを回れるようになりたいなという気持ちはあって。そもそもライブを観に行くことが好きなので、今までいろいろなアーティストさんのライブに行ったんですけど、東京ドームに行ったときに「ああ、自分もこんなとこで歌えたら幸せだろうな」と思ったんです。この夢は絶対に久遠で叶えたいですね。

Presented by.DIGLE MAGAZINE





【RELEASE INFORMATION】

久遠 1st ALBUM『失神少女』
2024年1月31日リリース
label:umbrella records

TRACK LIST
1. 風船
2. I Love
3. 「僕」を演じる
4. みんな他人の夜
5. 鍵のない遠雷
6. ゼリー状の憂鬱
7. オルタナティブ
8. 取り柄

▼各種ストリーミングURL
bbig-up.style/o5BrU25Ji5

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【EVENT INFORMATION】

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2024年4月21日(日) 東京・GRIT at Shibuya

OPEN 18:00/START 18:30
TICKET:¥3,500(+1D)

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