DIYアーティストのコロナ禍グローバルリモートワーク術

コラム

皆さんこんにちは。作曲家で音楽プロデューサーの齊藤耕太郎です。前回までの2記事、ご覧いただきありがとうございました。前回が少し長編だったから、今日はコンパクトにまとめる意識をします!

3回目の寄稿、何を書こうかと思っていましたが、BIG UP!の皆さんから「齊藤さんのアルバム制作時のリモートワークの模様を知りたい」とご要望いただいたので、今回は2020年8月にリリースしたアルバム「VOYAGER」を通じて僕が行ったことを共有させてもらいます。是非、アルバムをBGMに今回の記事はお読みください。

KOTARO SAITO, Hajime Uchiyama『VOYAGER』

アルバム制作のきっかけ

このアルバムは、CM音楽業界の巨匠作曲家であり、僕の公私ともに最も近い友人でもある内山肇さん(以下、はじめさん)とのコラボ作品です。2020年の年始を跨いで彼の箱根スタジオで制作合宿をし、1年かけて2人のコラボを中心にやろうという腹づもりで今年は音楽活動をしてきました。

これまで色んな人とコラボを行ってきましたが、はじめさんは僕にとって最も「阿吽の呼吸」で音楽を作れる仲間。共作する際に最も難しいのは「役割分担を気持ちよく決めること」「仕上がった音源に全員が満足していること」だと僕は思っていますが、はじめさんと僕の審美眼は元々ものすごく価値観を共有できていて、制作時だけでなくプライベートでも一緒に過ごす時間がとても長い間柄である、というのが前提として大きいです。

そんなはじめさんと僕は年初に、2020年の音楽的な目標を「良いライブをし、フェスに出て僕たちのことを知ってもらおう!」と掲げました。2019年の暮れに出演した渋谷音楽祭をきっかけに、僕らのチームはライブでの楽曲表現に大きな手応えを感じていました。その手応えをより確固たるものにし、ファンの皆さんとの絆を更に深めて行こう、という極めて「アナログ」なテーマが鍵だなと感じていました。

ところが、皆さんご存知のとおり、2020年はコロナ禍によってライブ市場はほぼ壊滅的な状況に。4月の頭に緊急事態宣言が発令されて、いよいよこれはライブどころじゃないという状況になりました。実は僕らは6月24日(水)にワンマンライブを計画していましたが、コロナの影響で告知すらできないまま実現を断念しました。

ライブを目標にし、ライブを見据えて曲を作り続けてきた僕ら。EPをリリースして、その楽曲をライブセットにしてプロモーションをしようと考えていたため、当然出鼻を挫かれた想いはありました。ただ、この時点で既にライブを見据えて楽曲はいくつか作っていたから、ポッカリ空いた時間に、もっとリッチで最高品質なレコーディング音源を作ろうじゃないか。そう決めて、緊急事態宣言発令翌日の早朝(本当に早朝。朝6時とか)にはじめさんに電話し、アルバム制作を決めました。

ってか、やばい。絶対にまた2つに分けなきゃいけない文量になりそう(笑)

コロナ禍自体をクリエイティブのコアアイデアに

このアルバムは、「VOYAGER = 航海士」というテーマで制作しています。家から出られない、物理的な距離を越えていけない時代だからこそ、心で通い合い、心で旅をする喜びを皆さんに届けていきたいという想いで名付けました。

僕らの役割分担は明確で、

僕=クリエイティブコンセプトの構築、楽曲全体のアレンジ、ミキシング、全体進行
はじめさん=僕のメンタルコントロール、ギター演奏、楽曲に対する的確なアドバイス

です。はじめさんはCM音楽を世に一万曲以上送り出してきた作曲家。言うまでもなくご自身でありとあらゆる音楽性のサウンドアレンジが出来る。それでも僕と一緒にやるときはあえて僕に制作の軸を委ねてくれていて、はじめさんが持つ独特のポップセンスと僕が持つ全体をまとめあげる能力の融合によって、(手前味噌ですが)革新的かつ最高音質と自信を持って言える楽曲たちが完成したのではないかと考えます。この「最高音質」の定義については後ほど書きますね。

この絶妙なバランスのもと、それはもう猛烈な勢いでデモを作りながら、はじめさんと毎日LINE電話をつないで楽曲についての議論。昼夜問わずアイデアを思いついたら話す、を繰り返していました。僕が急速沸騰型のメンタルの持ち主なので、火がつくと深夜だろうが早朝だろうがアイデアをまとめたくて仕方がない。はじめさんが60歳という年齢を大きく凌駕する体力の持ち主であることもあり、ひたすらただ楽しく、空いた2人の時間をフルに使って2週間ほどでデモとアルバムのテーマをまとめました。

この2週間がとても重要な意味を持っていて、刻一刻と変わる世界の状況に対して早くから「心で物理的な距離を超えるクリエイティブを届けよう」というスタンスが明確になりました。だって、僕ら自身がその間に会えていなくて、でも猛スピードで楽曲は組み上げられていったから。

離れていてもバイブレーションは共有できると分かったし、それを信じて進めば、これから共に作り上げていく仲間ともこの空気感は共有できる!そう思えたのが大きかったです。その気持ちは楽曲においても勿論のこと、後述するクリエイターやアーティストの仲間たちへのオリエンにも滲み出ます。感じていること、思っていること以上の表現は生まれません。テーマや想いの共有あってのクリエイティブだし、そこに対して全力を尽くしたことによって、僕らにとって大切な作品が完成したと感じています。

僕らのリモート制作で大きなポイントになったのは、制作の主軸を僕自身が担えただけの設備投資も影響していました。

僕は普段CM音楽のプロデュースや作曲を行なっていて、その仕事でいただいている資金をアーティスト活動に充ててより良い音楽を作る経験を蓄積し続けています。コロナ禍で仕事は延期、キャンセルを余儀なくされたものも多かったけれど、これまでも「ここで無理してでも投資すれば必ず後で還ってくる」と信じて、今年に入ってからもかなりの楽器、機材投資を行いました。楽器という絶対的な「音」を手に入れられただけでなく、特に楽曲全体をまとめあげるミキシングクオリティを向上させるための「アナログトランス回路」「サミングミキサー」の導入によって飛躍的にローエンド処理、耳障りになりがちなミッドの扱いが向上しました。

僕とはじめさんは、自分たちが求める「最高音質」に対するビジョンがずれていません。その音を1音聴いた瞬間に、自分たちの気持ちを宇宙にまで飛ばしてくれる音かどうか。そんな音色があって初めて楽曲が作れます。素人の方が聴いても「魅力的な音楽だ」と感覚的に思えるのは「音色が魅力的」な状態であることが多い。まとっている空気が圧倒的に違う音楽を生み出すための共通言語が持てている、というのは「阿吽の呼吸」で音を紡いでいく上で一番大切なことだと改めて感じました。

さらにこの時期、アルバム内の楽曲ではありませんが、僕らにとって新たに大きな武器となる表現手法が生まれました。フルアコースティックで作った『Reason – Naked』を聴いてください。

KOTARO SAITO, Hajime Uchiyama, Mayumi Watanabe『Reason – Naked』

この楽曲も、コロナの最中に録音した音源です。僕のピアノ、はじめさんのギターはそれぞれの制作環境でいつも通り録音したものですが、注目すべきはMayumi Watanabeのボーカル。これ、彼女のiPhoneに別売りのマイクをつけて録音したものなんです。

聴いてみると、どことなくiPhoneで録音したのが伝わる、不思議な潰れ感や妙に近接的なボーカルになっているのが分かります。何かやってみよう、というつもりで気軽に始めてボーカルが送られてきたのですが、この音源を聴いた瞬間「一発録音でこれ、すげえな・・・」というボーカルの技量への第一印象と共に「iPhoneで録音って、めっちゃ現代じゃん」と思ったんです。コロナだから生まれた表現方法だなと。
僕らにとっての「最高音質」の定義がアップデートされた瞬間でした。時代性と、表現としての斬新さ。本来なら何十万円以上のコンデンサーマイクでスタジオ録音するのがボーカルレコーディングだと思っている僕らにとって、誰もが持っているiPhoneで、しかも限りなく残響はつけず、ドライな状態で演奏者それぞれの部屋鳴りが三つ巴になっている音楽。離れているからこそ生まれる音楽って、「今」とても魅力的だと感じました。

もちろん、iPhoneのデータをそのまま使ってもこんな音質にはなりません。僕のマイクプリアンプでゲインしながら、アウトボードのコンプレッサーで音の起伏をナチュラルに整え、最後にサミングミキサーを通すことで他の音色と何ら遜色ないアナログサウンドに仕上げます。iPhoneを「楽器」と捉え、音色を魅力的にするために妥協なき環境で仕上げていくこと。これによって初めて僕らにとっての「音楽」が完成しました。

離れていることをマイナスに思うのではなく、離れているからこそできる表現を、人間関係だけでなく音楽家としての審美眼レベルで信頼し合える相手と作り進めていくこと。離れているからこそできる表現を積極的に取り入れることで、逆に現代的だと心から思える音楽を作ることってとっても大事ですよね。

離れている相手と互いの意志を共有するために必要なこと

僕は社会人キャリアの第一歩目が博報堂という広告代理店の営業でした。これがものすごく今に至るまでの音楽プロデュース論に生きていて、「自分たちの掲げるコンセプトをどうやって仲間に伝えていくか」にものすごく力を注ぎます。

今作を作り進める上で、僕はZoomやFacebookメッセンジャー、LINEを使ったオンラインミーティングを何度も行いました。ただしそれはあくまで会話が必要な場合のみ。はじめさんとの日々の連絡の取り合いを除けば、ほとんどの作業を「テキストベースで」進めました。それはなぜか。

テキストの方が、僕は自分の意志を正確に伝えられるからです。

まず、しっかり相手にテキストを読んでもらう。それで感じた疑問や生まれたアイデアを、会話の中で解決して膨らませていく。これが最も相手に自分の方針を伝えながら、全員の共通認識が取れる方法だと僕は思っています。
会話ベースで打ち合わせをいきなり始めると、多くの場合は話が脱線し、方針が定まらないまま何となく「いいミーティングができた」と思いがちです。僕は20代の前半から何度もそれで失敗してきているため、当時の先輩たちからの教えもあり、必ず最初に「オリエンシート」というものを作るようにしています。

オリエンシートの中身は以下。

  • 作品名、作品タイトルの由来や込めた想い
  • 楽曲のラインナップ
  • アートワークをどのようなものにしたいか、その理由
  • 作品のプロモーションポイント(何が魅力か、差別化のポイント)
  • プロモーションの大まかなプラン
  • それぞれのクリエイターへの個別依頼内容の整理

これらを、その段階で書ける最も丁寧な内容で書きます。国内外の仲間とやり取りする上で、相手によって簡略化が必要なことはあれども、基本的にはこのフォーマットで書くようにしています。

作品におけるメッセージというものは、濃厚な部分、つまりアイデアの源流的な部分が相手に伝われば伝わるほど、相手の想像力を掻き立てることができます。枝葉の部分から生まれるアイデアもあるけれど、一番相手が感動し共鳴できるのは幹の部分や根っこの部分で僕が何を考えたかです。

大切なのは、相手の想像力に縛りを与えないこと。できることを制限するのではなく、作品においてどうしても自分が受け入れられないことだけを明確にして、相手に考える余白を多く残すことだと思っています。

今回のアルバム「VOYAGER」でも、音楽に込めた想い、アートワークに込めた想いの根幹には「コロナで曇天する世の中に希望の光を灯したい」というワードが常にあった。ネガティブな表現にはしたくない。楽曲においても、こういう楽曲だという世界観は共有してきたけれど、作詞においても歌唱や演奏においても僕はかなり相手のアイデアに委ねた部分が大きいです。なぜなら、自分の想像範疇を大きくこえたアイデアを、自分自身の考えをアップデートして仕上げに向かった方が革新的な音楽になるからです。
逆に楽曲を誰かと作っていてどうしても行き詰まる時の1番の原因は「根幹の意識が共有できていないから」だと感じます。楽曲を作っている時のテンションや、音楽を作ることで世界をどうしていきたいのかの意識の違い。こういったものがブレた状態でそれぞれの才能を束ねようにも、どうしても相入れない部分が出てくる。だんだん、作っている楽曲に対して愛着が沸かなくなってきて、何のために作っているんだろう。と思ったら、悲劇ですよね。何となく始めていいものではないと僕は思う。曲を作るって、僕にとってはそれくらい神聖な領域の存在なんです。

フィードバックも同じです。相手のアイデアを潰すような物言いはしてはいけないと僕は思う。もし相手の出してきたものに全否定的な「こんなの絶対あり得ない」と思ってしまうような感情を抱いてしまったのだとしたら、それは明確にオリエン不足です。何のためにやりたいか、どこに向かおうとしているのかが不明瞭なまま進めるからそうなるんです。僕も散々これまで失敗してきました。だからこそ、最初の意識作りが大切だと実感します。

今回のアルバム制作でも、会ったことがない方々との制作を行いました。グラミーエンジニアで僕らの楽曲「Before I Know」を録音・ミックスしてくれたBrendan Dekora氏に「Salt」「Waterfall」のミックスを依頼していたり、「Evergreen」は現在新星R&Bシンガー・プロデューサーとして話題になっているVivaOlaくんに歌ってもらいました。
この2人はアルバム制作当時、特にVivaOlaくんには会ったことも話した事もない状態で制作を進めていました。

元々、相手がどんな音楽を作っているのかが作品として2人とも世に出ていたので、自分たちのオリエンさえしっかりしていれば2人がくれる音楽は間違いなく良いものだと信じられました。故に、Brendanには英語で、VivaOlaくんには日本語で限りなく丁寧な形で自分たちの想いをテキストにし、制作を進めていきました。2人とも思慮分別に富んだ方々で、最初にメッセージを交わしただけで「大好き」と思える音源が返ってきて嬉しかったです。

これはあくまで僕自身の方法論ですが、相手の感情の奥底に自分のアイデアを共有できる表現方法を、音楽以外で持つことはとても大切だと思います。音楽は往々にして概念を揺り動かすもの。定義や論理の部分から共感、感動を得られるのが言葉の強いところだと感じます。それらを組み合わせる事で、僕は自分自身の持つアイデアを相手に伝え、それを軸に最良の才能が集結したところで最高の仕上げ環境で音楽を仕上げました。やる事自体はとてもシンプル。でも、その一点一点に全く妥協しない。それが大切なんだと、コロナを通じて強く感じています。僕にとっては、逆説的ですがコロナは自分の可能性を開いてくれた機会になりました。2021年をどう迎えるか、それを考える大きなキッカケになった2020年に、今は感謝しています。

さて、今回は一回で掲載してもらえるかな・・・(笑)残すところ後1回の連載。次回もぜひお楽しみに!


Kotaro Saito / 齊藤耕太郎

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