“周波数”で考える曲づくり!with GarageBand #5

コラム

作詞・作曲・編曲家の谷口尚久です。

周波数で考える曲作り。今回は、これまで取り上げてこなかった楽器、ベースについて考えてみます。

ベースという言葉から低音の楽器というイメージを持ちますが、実はベースの周波数は幅が広いものです。エレキベースならピックが弦に当たるジャリっとした高音も含みますし、シンセベースならいくらでも高音域を出せます。
こんな自由度の広い楽器だからこそ、しっかりした方針がないとどう処理していいのか困ってしまいますよね。というわけで、これまで作ってきたトラックを使って試してみましょう。

ベースとキックの上下関係

ベースは低音楽器ですね。そしてもうひとつ大切な低音要素があります。それは、コラムの第2回目で取り上げたキックです。

音を限られた場所に収めるためには、それぞれの音が喧嘩しないように整理する必要があります。その整理に役立つのが周波数という物差しです。
同じ周波数のところに楽器が重なりすぎないように整えてから並べてあげると、伝えたいことが伝わりやすくなります。弁当箱で言えば、おかずが隙間なく並んでいながらも、詰め込みすぎていないので潰れていない。そんな、美しくて美味しい弁当のイメージです。

ではベースとキックはどういうふうに棲み分けさせればいいのでしょうか。同じ周波数ではぶつかってしまいますよね。そこで必要なのは、どちらかを上にどちらかを下にすることで、周波数帯が重なるのを避ける、という発想です。

しかし先ほど述べた通り「ベースの周波数は幅が広いもの」です。キックだって幅が広くあります。なので、どちらが上でどちらが下かというのは、マルチバンドEQのメーターを見て簡単に分かるものではありません。
慣れてくれば、感覚的に「ベースが上でキックが下だな」などという感想を持つことができるようになります。が、それまではこういうふうに考えてみてください。

「キックの重心は100Hz ⇄ ベースの重心はこの上か下か?」

キックの100Hzというのは、覚えやすい数字だからです。ドンっという音のコアの部分が100Hzにあると考えましょう。
キックの音を聴いて、人が口で再現しようと真似する時の音程。それがコアの音であり重心と考えましょう。
例えば今回のトラックのリズムループのマルチバンドEQはこのようになります。

黄色い部分が100Hzですね。要は、この上の周波数にベースの重心を持ってくるか、下に持ってくるかということです。

ではベースはどうなっているでしょうか?

なんと残念なことに、一番盛り上がっている部分が100Hzです。このスクリーンショットを撮ったのは、3小節目のG音が伸びている時でした。音と周波数の一覧表によれば、G2は97.999Hzだそうです。がっかりするくらい、合致していますね…。

実際に聴いてみよう

気を落としている場合ではありません。むしろ、ダメな例として完璧だったと考えて、これを処理してみましょう!

まずは、現状の音を聴いてみてください。

これを元に、ベースの重心を下に持ってくることを試してみます。
単純に70Hzを5dB持ち上げてみるとこうなります。

どうですか?重心が下がると同時にボリュームも上がったので、全体を支配する感じになったのではないでしょうか。
この時のベースのEQはこんな感じです。

逆に、130Hzを5dB持ち上げてベースの重心を上に持ってくるとこうなります。

ボリュームは上がりましたが、先ほどよりは支配的ではありませんね。キックの存在感のほうが全体を包み込んでいるという印象ではないでしょうか。

130Hzを5dB持ち上げたベース、EQはこうなりました。

タルト生地なのかパイ生地なのか

突然ですが、ベースとキックの関係を考えるたびに、自分はタルトとパイを思い出します。

これらは円形の型に入れてオーブンで焼き上げる菓子です。どちらも美味しいですよね。
とはいえ、タルト生地は甘く、パイ生地は甘くないという違いがあります。
どちらの菓子も、口に入れた時に舌に触れるのは、その生地の部分。生地の上にのっている部分を感じるのはその後です。

これが何を意味するのか?
なんと、パイ生地には肉などの甘くない具材を詰め込んで一品料理にすることもできるのです。甘いタルト生地では、そんなことできませんね。パイは菓子にも料理にもできる、そんなことを思いながら、この表を見てみてください。

どうでしょうか。パイは糖分が無いので、料理に使えると同時にお菓子にも使える、という点を覚えておいてください。

同様の関係が、ベースとキックにも成り立つのです。

ベースが下にある場合、ベースは音程のある楽器ですからコードの説明にもなります。コードは、感情を説明したりするエモーショナルな要素ですから、音楽的にはウェットになります。つまり、ベースが下にある音像はバラード向きなのです。

それに対してキックが下なら、コードの説明が無い分ドライになり、ダンス向きと言えるでしょう。

ここで思い出してください。「パイは料理にも菓子にもなり得る」のです。
このアナロジーから言えば、キックが下にある音像はダンスミュージックにもバラードにもなり得るのです。
確かに、泣けるダンスミュージックというのは存在しますね。古くはフィラデルフィアソウルだったり、EDMでもAviciiやZeddあたりなんかは泣ける音楽と言えるでしょう。

キックが下にあれば、楽しいだけでなく泣ける音楽に仕上げることができる。
パイ生地なら、料理にもお菓子にもなることができる。

逆に言えば、絶対に泣かせる音楽にしたい、という時はベースを下に持ってくれば良いのです。
タルト生地のお菓子を食べて、めちゃくちゃ甘い気分に浸るようなものですね。
納得いただけましたか?

まとめ

曲全体を支配するのがベースなのか?キックなのか?
これを考える上で「キック=パイ説」という考えを持ち出してみました。(「ベース=タルト説」とも言えますが。)

曲作りの最中に、これを思い出してみてください。または、自分の好きな曲が、ベースとキックのどちらが下になっているかを確かめてみてください。これまで聴いてきた音楽が、違った耳で聴けるようになるはずです。

「ポップスにおけるキックとベースの上下関係」というのは、曲の骨格を作る上で非常に大きい問題です。こういう話を口頭ですることは、プロの現場ではたまにあります。が、ちゃんとした文章で書かれたものについては、自分は寡聞にして知りません。

それを「重心」という考え方で処理するのは、少し抽象的で心許ないものがあります。実際の現場では、エンジニアの経験則から導かれる感覚と職人技で作業しているものです。
今であれば、iZotope社のような優秀な会社が、NeutronやRelayみたいなプラグインを使ってAI処理してくれるプログラムを開発してくれそうですね。AIのサジェスチョンがいつも最適とは限りませんが、一つの指標となることは間違いありません。

さあ、次回はミックスで迷った場合の解決法について見ていきましょう。

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<谷口尚久 プロフィール>

13歳で音楽指導者資格を取得。東京大学経済学部卒業。学生時代からバンド活動を始める。
自身のグループで高橋幸宏プロデュースのアルバムを2枚発表。
同時期に作詞・作曲・編曲家としての活動も始め、CHEMISTRY・SMAP・V6・関ジャニ∞・SexyZone・中島美嘉・倖田來未・JUJU・TrySail・すとぷりなど多くのアーティストのプロデュース・楽曲提供、また映画やドラマの音楽も多数担当。
東京世田谷に Wafers Studio を構え日々制作。
個人名義では「JCT」「DOT」「SPOT」をリリース。

最新作は、自身が主宰するレーベルWAFERS recordsによる『WAFERS records YELLOW』
辻林美穂と川畑要(CHEMISTRY)をフィーチャーした、歌ものポップス。

WAFERS recordsでは、プロジェクトに参加して下さるボーカリストを探しています。
お問い合わせはwafersrecords@gmail.comまで。

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