“周波数”で考える曲づくり!with GarageBand #8

コラム

作詞・作曲・編曲家の谷口尚久です。

周波数で考える曲作り。と言うと、すごく理性的に音楽を作っているように聞こえます。

しかし、実際はどうなんでしょうか。
30分間、夢中で作業した結果、振り返ってみると何をやったのかあまり覚えていない。
やったのは「こうやったらもっと良くなるかも→トライする→気に入れば採用、気に入らなかったらボツ」ということを繰り返しているだけです。

必要なのは
・「こうやったらもっと良くなるかも」というアイデアを思いつくこと
・それが実際にうまくいく確率を上げること
・そして、その結果を冷静に判断できること
この3点です。

周波数で曲のことを考えるのは、一通りの作業を終えて全体を見渡す時です。
「ここの周波数がもっと充実していれば、もっと理想の音像に近づくはずだ!」というのがよくある例。
周波数が多すぎるところは、既に各トラックを増やす段階で削っています。(#2,#3,#4をご参照)
足りないところを見つけるんですね。

例えば、このコラムで作ってきたトラックはこんな感じです。
BEFORE:

これを、なんとなく「こうやったらもっと良くなるかも」という思いつきでいじった結果がこれです。
AFTER:

それぞれの音が聴き取りやすく、全体としても周波数の整理がされました。

今回はこのような「こうやったらもっと良くなるかも」という例を挙げてみたいと思います。
キーワードは「○○したかったら、○○すればいい」です。

派手にしたかったら、派手な音を重ねればいい

ここでポイントとなるのは「派手な音にすればいい」ではなくて「派手な音を重ねればいい」という点です。差し替えではなく、付け足すのです。

これはリズム楽器によくある手法です。今回はキックで試してみましょう。
今まで作ってきたトラックのリズムを聴いてください。

これに、こういう音のキックを足します。

この音色はVENGEANCE SOUNDのもの。EDMなどクラブ系の音を志す人なら必ずと言って良いくらい持ってます。
とある劇伴の仕事を依頼された時、リズムはVENGEANCEで、という指定を受けたことさえあります。自分はいつも、Phalanxというサンプラーで鳴らしています。

重ねた結果はこちら。

やはり、こういう手触りの音像を得るためにはこういう音を足すしかないんですよね。
もちろん、SpliceLoopcloudなどのサブスクで探すのもアリです。サブスクだとアップデートが速いので、流行を逃す心配もありません。

ただ、足す際には元の音をEQしました。低音域をカットし、中低音域を少し持ち上げるという処理です。このように、足すモノの音色に合わせて全体を調整する必要はあります。

とにかく、派手にしたかったら、派手な音を重ねればいいのです。
自分が作ったものではありませんが、スネアに6つのサンプルを重ねていた例もあるくらいです。
全部を鳴らしてコンプで叩いてやる。それでしか得られない音色があるなら、そうすれば良いのです。

蓬莱の豚まんが食いたくなったら、蓬莱の豚まんを食べるしかない。コンビニで我慢するか、と言って我慢して食べても、蓬莱の豚まんを食べる満足感には叶わないということです。わざわざ時間と労力をかけて中華街に行っても、徒労なのは同じことなのです。時間と労力は、満足とは比例しません。

情報量を増やしたかったら、違う音を重ねればいい

ここでのポイントは「違うパートを重ねればいい」ではなく「同じ音程の違う音色を重ねればいい」というところです。MIDIで作業することでの大きなメリットはここにあります。

ここ最近のポップスの傾向は、そのシンプルさにあります。一聴すると、楽器の数が少ないのですが、音の情報量という意味ではものすごく複雑。パートとしては少ないのですが、ひとつのパートに含まれる音色の情報量が多いのです。

例えばこれまでに作ってきたトラックのピアノを聴いてみましょう。

普通のピアノですね。ガッツのあるロック的な音色のピアノですが、その分情報量は少ないです。
これにこういうピアノを足します。

これはrefx社のNEXUSというシンセで鳴らしたものです。MIDIだと、瞬時に色んな音色を試すことができますね。Spectrasonics社のOmnisphereなんかも人気です。

そうして出来上がったのがこちら。

どうでしょうか?元の音色の攻撃的な部分だけではなく、音のふくよかさとでも言うべき情報量が大きく増えました。ちなみに元の音色の中音域を少し持ち上げて、高音域は削っています。このように、それぞれの個性を伸ばすような周波数の使い方をするとお互いの良さが際立ちます。

このようにピアノと一口に言っても、トラックが複数になることは多々あるのです。それがDTMの利点であり、今っぽさなのです。

質感が欲しかったら、プラグインを挿せばいい

超一流の音処理をまとめてひとつのプラグインにした”シグネチャーモデル”というものが、最近ではプロのエンジニアにも浸透しています。超一流の音処理が欲しいなら、それを使えば良いのです。

例えばギターはこんな感じでした。

すでにEQ、コンプ、モジュレーションなど色んな処理がされていますが、これをさらにキャラの立ったものにしたいと思い、WAVES社のJJP(=Jack Joseph Puig) Guitarsを使ったのがこちら。

音色の幅を敢えて狭めたのは、ピアノとキャラが被らないようにするため。
またパンも少し左に寄せて、右がピアノ左がギターという位置付けを強調しました。

「キャラが立った」という表現が伝わりにくいかもしれませんが、要は個性を際立たせること。
個性的な周波数帯を見極めて、その部分を大きくそれ以外を小さくするということです。

最後にベースについて試してみましょう。
元の音色はこちら。

これにWAVES社のRBass(=Renaissance Bass)を挿したものがこちらです。

RBassは低音域の倍音を増幅してくれるもの。
これは「質感を変えた」とも言えるし「情報量を増やした」とも言える処理です。

例えば、味醂では得られないガツンとした甘さが必要なら砂糖を加えてやればいい。それが現代人の好む味なんですから。味醂だって今は、水飴主体で作られた味醂風調味料が主流なんですし、そこまで拘る必要もありません。必要なら砂糖、それも白砂糖を加えちゃいましょう。(もちろん和三盆の良さが分かるなんていうのは贅沢な楽しみですけど。)

まとめ

今回見てきた方法は、どの処理もいったん音量が上がるものばかりです。音を足したり増幅させたりしているわけですから。
そうして出来た音の音量を下げて、同じラウドネス値になるように音量調整してみました。それが冒頭に聴いていただいたAFTERです。
環境によっては違いが分かりにくいかもしれません。が、再生環境が悪ければ悪いほど、そして再生音量が小さければ小さいほど、それぞれの音の聴き取りやすさは増すでしょう。またそれは、全体のクオリティの向上につながります。

自分が音を作る時、絶対に守っていることがあります。それは、我慢をしないこと。
例えば喉が渇いたら何か飲む。腹が減ったら食う。甘いものが食べたかったらすぐになんとかして手に入れて食べる。大きな音で聴きたければ音量を上げる。聴きたくなくなったら聴かない。

それは全て、今作っている音のため。
どんなに些細なことであっても我慢はしないようにしています。音と関係ないと思われるかもしれませんね。でも、音に我慢しないためには、それ以前に音以外の我慢をするべきではないと思うのです。音以外に我慢している状態では、何かを我慢した結果の音しか出来上がらないのではないでしょうか。

今回は、今までとは違って論理的ではないアプローチで見てきました。結果、論理を上回る面白いものに辿り着いてしまうというのも、また音楽の面白さです。

次回からは、みなさんから寄せられた質問に答えていきます。


<谷口尚久 プロフィール>

13歳で音楽指導者資格を取得。東京大学経済学部卒業。学生時代からバンド活動を始める。
自身のグループで高橋幸宏プロデュースのアルバムを2枚発表。
同時期に作詞・作曲・編曲家としての活動も始め、CHEMISTRY・SMAP・V6・関ジャニ∞・SexyZone・中島美嘉・倖田來未・JUJU・TrySail・すとぷりなど多くのアーティストのプロデュース・楽曲提供、また映画やドラマの音楽も多数担当。
東京世田谷に Wafers Studio を構え日々制作。
個人名義では「JCT」「DOT」「SPOT」をリリース。

最新作は、自身が主宰するレーベルWAFERS recordsによる『WAFERS records YELLOW』
辻林美穂と川畑要(CHEMISTRY)をフィーチャーした、歌ものポップス。

WAFERS recordsでは、プロジェクトに参加して下さるボーカリストを探しています。
お問い合わせはwafersrecords@gmail.comまで。

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